23 城
人が多いと気持ちが悪くなる、と言ったら馬車の中から一歩も出ないですんだ。
「なんだこれは……」
馬車から降りると、大きな建物があった。
見上げると、どこまでも高い。こんな建造物をつくる意味とは。
振り返ってみると、とてつもなく大きな門から入っていた。
王様が住んでいるという。これが住居か。
「町みたいなものじゃないか」
城というのは知識としてはあったけれども、具体的なものとして触れたことはなかったので、高すぎるし、入ってみるとまず通路が広すぎる。馬車のままでも入れそうだ。
結局、気持ちが悪くなった。
多くの人間がいるという想像だけでも気持ち悪くなるらしい。
「どうかしたか」
ファイリスが目ざとく言った。
「いや」
「こっちだ」
上司男が通路を歩く。
あちこちに、武器を持って立っている人間がいる。襲いかかる準備をしているわけではなく、槍を立てて立っている。あやしい人間を、殺す準備の準備だろうか。
「これからどこへ行くんだ」
「しばらく部屋で休んでくれ。剣の魔人のところへ行けるとなったら、すぐやってもらう。それまでは好きなようにしていていい。もちろん、剣を倒せなくなるようでは困るから、常識的な範囲で生活してもらうが」
上司男は言った。
「常識的な範囲ってなんだよ」
「必要とあれば、酒でも女でも用意させるが、節度を」
「俺はそんなの食べないぞ」
「……わかった」
広い廊下を歩いて、何度か階段を上がってたどり着いたドアを開けると、中は広かった。
「この前の部屋よりずっと広いな」
「気に入ったか?」
「まあ」
面倒だったのでそう言ったが、物が多い。これらが全部なければ気に入りそうだ。
テーブルとか椅子とか、クローゼットとかチェストとか。
足元は毛が長いじゅうたんが敷いてあって、これが彼らにとっては快適なのかもしれない。
「ん? クローゼットってなんだ?」
「なに?」
上司男が俺を見る。
「いや」
なにを言ってるんだろう。
「部屋の前には見張りをつけておくから安心してくれ」
「いなくてもいい」
「安心してくれ。なにか用があれば彼らに言ってほしい。わたしと会う場合もだ。ではな」
早々に上司男は出ていった。
俺も外に出てみると、もう、鎧を着た男がドアの前に三人いる。
部屋の、後ろのドアの前にもやはり三人。
「出かけていいのか」
俺が言うと、彼らは首を振った。
「どうして?」
「あなたは特別なお客様であり、自由な行動は控えていただきます」
「どうすれば出かけられる?」
男は黙っていた。
話が通じなそうだったので俺はドアを閉めた。
「ゆっくり休んだらどうだ。疲れただろう」
ファイリスがソファに座っている。
「なんでファイリスも残ってるんだ?」
「ひとりのほうがよかったか? 私がいたほうがいいだろう?」
ぼよんぼよん、とソファを弾ませていた。
「……まあ」
「そうだろうそうだろう」
ファイリスは満足そうにうなずいた。
「腕はいいのか?」
ファイリスの腕はまだ、断面の近くが凍ったようになっている。
切り離された先は、別の場所で治療の準備をしているらしい。
「さっき応急処置をしてもらった。しばらくはこのまま、侵食は進まないそうだ。だが、肩まで来るようなら、早めに切断しなくてはならないかもしれん」
「なんで?」
「治らないなら、肩関節の前で切ったほうが、将来の生活が楽になる。義手などを使うにしても、関節は多いほうがいいらしい」
「いまローブ男は治してるんだろ? ファイリスは?」
「私は、順番があとになる。どれくらい先になるかわからない」
「なんで」
「重要度順だ」
「ファイリスの腕がなくなるより大事なのか?」
「私はただの兵士だぞ?」
兵士はそういうものなんだろうか。
「切られた腕は、悪くなったりしないのか」
「食べ物じゃないんだぞ」
ファイリスが笑った。
「なにがおもしろいんだ」
「くく、ふふ、なにも、くく……」
ファイリスが笑っている。
なにがおもしろいんだ。
俺は、近くにあった別のソファに座った。
柔らかすぎて気持ち悪いくらいだ。
「ここで何日くらいこうしてればいいんだ?」
「私は知らん! ふふ……」
「なにがおかしいんだ……」
「お前も嫌ではないだろう? ここで、ゆっくりしていればいいんだ」
「ゆっくり?」
「うまいものを食って、ぐうたらとしていればいい。剣の魔人と戦うのは、私たちがうまくやる。お前は食べるだけでいい。……そうだ、王様との面会の練習くらいはしておいたほうがいいな」
「面会の練習?」
「お前、変なことを言って怒らせるかもしれない」
「難しいことはやめてくれよ」
「余計なことを言わず、必要なことだけしゃべればいいようにすればいいだろう? 最低限」
「わかってるな」
「ふふ」
俺は、夕食の時間まで、ファイリスの指導を受けた。




