20 吸うんだった!
「悪かったな」
ファイリスが言った。
「これから静かな生活をさせてやれると思ったのだが、こうなっては難しそうだ」
剣を構える。
「なにが難しいんだ?」
「左腕は動かない。異常が広がり続けている」
見た目にはよくわからないが、ファイリスの左腕の断面からの凍っているような感じは、広がっているらしい。
「あいつを倒してもどれば、なんとか治せるんだろ?」
「そうかもしれないな」
ファイリスは、ふっ、と息を吐いた。
「まさか賊を兵舎に入れるとはな。警備担当には厳重注意をしたいところだが。まあ、侵入者も死んだのだし、私たちも後を追うのだろう。不本意ながら」
ファイリスは、動けなくなったローブ野郎を見た。
「だが、もしかしたら誰かが助けに来る可能性が、ないとはいえない。私は最後まで時間を稼ぐ。お前は、なにかきっかけがあったら、元の場所にもどれるように、注意していろ。難しいだろうがな」
「いや、俺」
ファイリスが動く。
地面から出てきた棒をかわし、剣で切る。弾かれた。
ファイリスはやっぱり、いつ出てくるのかわかるらしい。魔力的な?
それからちらっと俺を見る。
首をかしげて、前を見た。
俺がそっと動いてみると、地面から柱みたいなのが、ずわっ! と出てくる。
ファイリスが驚いたように俺を見た。
「お前、足の裏で止めているわけじゃないだろうな?」
「止めてるかもな」
「そうだよな、そんなことできないよな」
話を聞かないやつだ。
ファイリスは剣を構える。
イチかバチかで氷ローブ野郎を殺そうとしているのか、言ったとおり、時間をかせぐだけなのか。
だが俺を守るつもりがあるのは感じる。
となると、白ローブ女、あれ? 白豆女だっけ?
あいつの言っていた、ファイリスが俺を殺したい説、はちがっている気がする。
あとは、俺が殺されるとしたら、フィリスうっかり報告説によるものだけだろうか。
いや……、待てよ。
俺はあることに気づいた。
従来のローブ野郎が凍りついたようになっているいま、そっちも氷ローブ野郎、なんじゃないのか?
とすると、魔人のほうの氷ローブ野郎と区別がつかない。
それで白豆女まで凍ってしまったら、世の中ローブ野郎ばかりになってしまう……。
……初代、二代目、三代目、と分けるか?
「行くぞ!」
ファイリスが走り出した。
「待て!」
俺が言うと、ファイリスが、がくっ、と転びかけた。
「うるさいぞ!」
「俺が行く」
俺が走り出す。
「はあ!? 待て」
ファイリスが俺を止めに来ようとするが、俺たちをさえぎるように中間くらいの位置に、棒がドドドド! と生えた。
俺の真下からではなく、周囲にもドドド、と生えた。足下からは諦めたらしい。
その棒を持つ。
「おい、さわるな!」
俺はそれを食べる、というか吸う。
ちゅるん、と大きさに見合わないなめらかさで口の中に。
おいしくないが、食感は悪くない。
「はあ!?」
ファイリスの声がする。
どんどん生えてくるが、俺はまっすぐ走った。
頭から棒に突っ込んで吸っていくだけ。
ちゅるんちゅるんちゅるんちゅるん!
待ち構えていた氷ローブ野郎がなにかしようとしたが、たくさんの棒を吸って、氷ローブ野郎も吸ったら終わった。
「やったぞ!」
これでもう、氷ローブ野郎問題に悩まされることもない。
あとは……。
あとは……?
「お前、どうなったんだ……?」
ファイリスが困惑している。
「俺が倒した」
「うそだ」
「見ただろ。それに最初に会ったとき、言っただろ? 俺はローブ野郎のせいで変なところに連れていかれて、そこで魔人を倒したって」
「……言ってたか……?」
ファイリスは首をひねった。
「言ったって! お前たちは信じてなかったけど!」
「まあ、この際、言った、言わないはどうでもいいか……」
「言った!」
「じゃあ……。お前は、装備持ちの魔人を倒せるのか」
「魔人全員倒せるぞ」
「……すごいことじゃないか!」
ファイリスは俺の肩を持った。
「お前がいれば、もう、人類が魔人におびえることはない! これで、魔人を全滅させられるかもしれない!」
「それ、治らないのか?」
俺は途切れたファイリスの左腕を見た。
「魔人の生き死に無関係のようだな」
ファイリスは、自分の左腕の肘から先を拾ってきて、くっつけてみる。
治療魔法を使っても無理だった。
「帰ったら、トキマのように、治療を頼んでみよう」
「そうだな!」
「あいつも連れて帰るぞ」
ファイリスは、変化したままのローブ野郎を見た。
「あいつはほうっておいたら……?」
「これが治るならやつも治るかもしれない。治ったら、情報を得られる」
冷静だ。
「やるなあ」
殴って終わりの俺とは考えがちがう。
「は?」
ファイリスはじろりと俺を見た。
「まあいい。それで、どうやって帰るんだ?」
「どうやって帰る?」
「ここから、前も、帰ったんだろう?」
「前はちがう場所だった。もっと気持ち悪い洞窟みたいな」
「そこからは、どうやって帰ったんだ?」
「……」
どうやって帰ったんだ?
「おい、わからないのか」
「うーん」
俺は地面に手をふれた。
「いけそうか?」
「いや……」
俺は地面に耳をつけた。
「いけそうか?」
「いや……」
俺は地面に寝てみた。
「いけそうか?」
「いや……」
俺はうつぶせになってみた。
「……もどれないか。いや、しかし、装備持ちと相打ちになったと考えればむしろいい結果だった。これで、弓に続いて杖も倒したことになる。これなら」
「あっ」
口の中に地面が入ってくる。
ちゅるんちゅるんと入ってくる。
吸える。
吸える吸える!
「あ、あ、ああー!」
吸えるだけ吸ったら視界が暗転。
そして。
「……ここは」
気づくと、ファイリスに連れてこられた部屋に、俺、ファイリス、ローブ野郎、がいた。
ローブ野郎はまだ氷ローブ野郎だった。




