02 盗賊
「はあ、はあ、くそ!」
湖の近くにすぐ道が見つかったので、森の中を走った。
走って走って走ったが、追いつけない。
どうしてだ。
一本道なのに!
馬車かなにかに乗ってたのか?
でもそんな車輪は見られない。
あんなローブ野郎たち、体力なんてないに決まってるだろ。
「あっ」
逆……?
道……。
右じゃなくて、左だった……?
俺は立ち止まった。
そして逆へ走り出す。
これくらいのハンデがあってちょうどいい!
追いついてやる。
なにが、生贄だ。
生贄として育てるとか、頭おかしいだろ。
絶対一発は入れてやる。
それから警備兵だかなんだかに、突き出してやる。
息が切れようがなんだろうが、肺がぶっ壊れようが、とにかく走る。
あんなやつらだったら追いつけるに決まってる!
「うおおおお、ぐあっ!」
なにかが足にひっかかって転んだ。
ゴロゴロゴロゴロ、くらい転がってやっと止まる。
「なんだ!」
立ち上がると、不自然に低い姿勢で片足を横に出した男がこっちを見て、にやりとした。
その男も立ち上がる。
頭がぼさぼさで、歩くと体中から土ぼこりがこぼれてきそうな服だ。
年齢は二十代だろうか。腰に剣をさげている。
「よう」
またにやり。
「お前、こんなところでなにしてる。お、おい」
殴りかかった俺の拳を軽くかわすと、足をかけて俺を転ばせた。
「ってえな、この……!」
「ちょっと待て」
男は離れて、俺に片手をかざす。
「なんで殴る」
「まだ殴ってない!」
「自分で言うのもなんだが、お前みたいなガキがよく、おれみたいなやつにケンカを売れるよな」
「このローブ野郎!」
殴りかかるが、ひょい、ひょい、とバックステップで避けられる。
「ひきょうだぞ!」
「ローブ野郎ってなんだ」
「脱いだんだろうが、ローブ野郎……」
俺はふと、相手を見た。
ローブ野郎にしては、体ががっしりしている。
「ローブ野郎じゃ、ない……?」
「なんだか知らねえが、お前、こんなところでなにやってんだ。金もねえようだし」
「ローブ野郎じゃねえなら用はない」
俺は走り出そうとしたが、また足をかけられて転んだ。
「ふざけんなよ!」
立ち上がらず、足にかみついた。
「いってえなあ!」
かんたんに振り払われた。
やはり、魔人とちがって人間相手だとかみついても大した効果がない。
「威勢がいいが、無事に帰りたかったらおれの言うとおりにしな」
「はあ?」
そのとき、男の首元から黄色い鳥が出てきた。
ぴょん、と肩に乗る。
「あー、すーたんごめんねー、びっくりしたー?」
男は鳥に顔を近づけ、こすり合わせる。
鳥が迷惑そうにくちばしで一発、男の額を突いた。
つつつ、と血が流れる。
「あーすーたん元気だねー!」
「ピピピ!」
鳥は男の額を突いた。
「あー元気だねー!」
なんだこいつは。
「おい、どうした」
別の声がすると、鳥は男の懐にもどった。
三人、木の間から出てきた。
服装は鳥男と似たような雰囲気だ。ヒゲももじゃもじゃで、もっと荒々しいやつもいる。
「なんだそのガキは」
お頭と呼ばれた、一番ヒゲが濃い男が俺を見る。
「そのへんにいたガキでね」
鳥男が言う。
「金も持ってないようですわ」
「年は」
ギロリと俺を見る。
「じゅ、13……」
「なら買い手がいる。縛って馬車に転がしておけ」
「お頭」
「お前、昨日も似たようなガキ見つけてどうした」
「……うっかり」
「逃しましたじゃあすまねえんだよ。なあ」
お頭、は鳥男の頭をつかんで、ぐっと引き下ろすと膝で蹴った。
かがんでいる鳥男の、おさえている鼻から血がぼたぼた流れている。
おそろいだ。
「ですが……」
「ですが?」
お頭は、鳥男の頭をつかんだ。
「おい」
お頭、はもう一発ひざを入れた。
「ぶふっ」
鳥男は地面にひざをつく。
他の男はにやにやとそれを見ていた。
「ですが、なんて言葉はないんだよ。です、で終わりだ。まだわかんねえのか! 口ごたえばっかりしやがって」
「……ですが」
「まだ言うか!」
「お頭のうしろに」
「ああ?」
うしろ。
俺は見えていたが言わなかった。
人型の魔人だ。
さっき変な空間で見たやつらにそっくりだ。お頭、の横にいたやつも見えていなかったようだ。
お頭、の肩に手が置かれた。
とほとんど同時にお頭、は振り返る。
同時に剣を抜いて、切り終わっていた。人型の首が切れて頭が落ちる。
「なんだこいつは」
お頭が剣を収めて、鳥男にきく。
「さあ」
「役に立たねえなあ」
横の、役に立ちそうにない男が笑う。
「ただ」
「なんだ」
「まだ終わってなさそうですが」
鳥男が言うとおり、首がなくなってもそこにいた魔人が、お頭に抱きつくように体当たりした。
「この」
と剣を抜こうとしたお頭の手が動かない。
魔人の腕とお頭の右腕がくっついている。腕で押さえられているわけじゃなくて、一体化しているから、どうしようもない。
そういうときは、食いちぎるといいぞ。
「おい無能、切れ!」
「はい」
鳥男は剣を抜くと、突っ込む。
「ぐうっ……! この……」
お頭が血を吐く。
鳥男はお頭と魔人の腹を一緒に貫いていた。
「は、はは、はっはっは! やってやった、やってやったぞー!」
鳥男は空を見て叫んでいた。
笑顔で、とてもうれしそうだ。
意味はわからない。
「ぐ、ひいいい」
そうしている間に、魔人の姿が増えていた。
お頭と一緒にいた男たちは、増えた魔人を倒しながら、絡め取られ、同化しつつある。
すっかり囲まれていた。
「仲間はいいのか」
「仲間なんて思ったことはないな。俺は、恋人の仇を討つためにこいつらと一緒にいただけだ」
鳥男は、汚いものを見るように、取り込まれようとしている男たちを見ていた。
「スタシアは、おれにはもったいない、優しい女だった。だから絶対に仇を討とうと思ったよ。うれしかったな、こいつらがクズで。一緒に行動してても、まったく印象は変わらなかった。意欲はまったく衰えなかったよ」
鳥男は、お頭の頭を何度か、ふみつけた。
反応なし。
「さて。おれにはもう、悔いはない」
と俺を見る鳥男。
ぐるりと囲む人型は二十人くらいいるだろうか。
まあ、俺に任せろ。
俺が全部食べて、その礼として、ローブ野郎どもを追いかける手伝いをしてもらおう。
助けてやったら文句も言えまい。
魔人たちが狙いを定めて、一気に突っ込んできた。
鳥男は急にしゃがむと、俺の股に片腕を入れて、担いだ。
「うわっ」
「こいつらは完全なクソだが、お前はまだガキだ。無事に逃げ切れよー!」
俺は宙を舞った。
「ぎゃう!」
地面に叩きつけられる。
起き上がると、俺だけ魔人の包囲網を突破していた。
鳥男や、死にかけの男たちを魔人たちが押し倒して、山になっていく。
いや、おい。
「おい!」
せっかく俺が助けて、協力させてやろうとしてるのに!
俺は急いで魔人を食べた。
気分は一気に丸飲みだったが、どうも、一人ずつ順番につるんと飲み込むことしかできない。意外と難しい。
つるん、つるん、つるん、つるん、と飲んでいく。
慣れてきたが。
「おい」
残っていたのは、ぼろぼろの人間たちだった。
血も、もう出ていない。なんだか乾いている。
死んで、かなりの期間放置されたような肌をしていた。
人間というか、作り物がぼろぼろになったようにも見える。
風に吹かれて体がボロボロに、部分的に飛んでいく。
盗賊たちも、鳥男の姿も、もう区別がつかない。
「うおっ」
肩になにか乗った。
鳥だ。黄色い鳥。
たしかすーちゃん。
「どういうことだ、これは、これはどういうことなんだあー!?」
すーちゃんが鳥男の声で鳴いた。