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01 生贄

「茶だ」

 と店長から出されたお茶を飲んだところまでは覚えている。



 気づいたときには湖畔にいた。

「あ……?」


 森の中の湖。

 空気がひんやりしている。


 起き上がると、まわりに知らない人たちがいた。

 黒いローブを着た人ばかりで顔が隠れていて、不気味だ。


 座っているのは、変な模様の上だ。

 地面に描かれた円の中に、さらに直径が小さい円が2つ、同心円状? に描いてある。

 その円のあいているところには、絵と文字が書いてある。しかし見たこともない字だからこれも絵という可能性もあった。

 直径は俺の身長くらい。


「起きましたよ、あいつ」

 ローブ軍団の誰かが言った。男の声。

「なんだと」

 ローブ軍団が同時にこっちを見た。五人。

 不気味なやつらがそろって動くとさらに不気味だ。


「殺すつもりで盛ったんだろう?」

「はい」

「変な耐性ができたか」

 なにか話している。


「……ここ、どこだ。あんたたちが俺を連れてきたのか?」

「そうだ」

 代表者が返事をした。

 顔は見えない。


「なんだここは」

「あわてず、さわがずか」

「頭がぼうっとしてるんだ」

 俺は頭を振った。

 すっきりしない。思いっきり振っても、くらっ、ともしない。


「あんたら、俺を殺すつもりとか言ってなかったか」

「言った」

「え……」

 さすがの絶句である。


 殺すつもりだとしても、堂々と言うことじゃないだろう。


「なんで……?」

「お前はいま、ある村で生活しているな」

「あ、ああ……」

「親がなく育ったお前は、いろいろな孤児院に行き、5歳でいまの村に住むことになった。それから8年。小さな商店で住み込みで働いた。13歳」

「はあ」


 よく知ってるな。

 店長の知り合いか?


「孤児院の選別に合格したお前は、魔力袋として無事に生活を終え、今日、人生最後の日を迎えた」

「はあ?」

 魔力袋?

 人生最後?


「村から一度も外には出られなかっただろう?」

「村の外は魔物が多くて危ないって。実際、犠牲者も」

「あそこはお前を育てるためだけの場所だ。まずい食事だっただろう」

「いや?」

「あれは魔力を多分に含んだ特殊なものだ。耐えられなければすぐ死に、耐えられれば今日まで生きられる」

「……」

「孤児院で死んだ者がいただろう」

「それは病気で」

「魔力に耐えきれなかったのだ」

 ぱぱぱっ、と死んでいった仲間の顔が浮かぶ。

 でもはっきりしない。幼かったからだろうか。


「……じゃあ、俺は魔法を使えるのかよ」

「使えない」

「……わけわかんないんだけど」

「生贄にするためだ」


 ローブ軍団が俺を囲むように移動すると、なにかぶつぶつと唱え始めた。


「おっ」

 足元の図形がぼんやり光る。

 なんだかやばそうなので離れようとすると。


「いっ」

 見えない壁にぶつかった。


「は? は?」

 手を出して、押して、叩いて確認する。

 なにかある。この下の図形の円にそって、上に向かってどこまでも、ガラスより透明ななにかがある。


「お前に、魔人の生贄として必要な魔力100年分を込めた。これにより、あと100年は、人類からの生贄を出さずにすむ。感謝する」

 ローブ男が言うと、他のローブ男も頭を下げた。


「え、なに? なに?」

「魔界開通」

 はげしい光で目を閉じても追いつかないくらいだた。



 目を開く。

 黒ずんだ地面。

 赤い壁は、脈打つように動いている。

 広い。

 何百人も入れそうな場所だ。

 天井も高い。

 蒸し暑くて、変なにおいがする。

 洞窟?

 人がつくったような規模には思えない。


 地面から、どぶん、どぶん、とかたまりが湧き出してきた。

 それが手足を持ち、目鼻がつく。

 人間みたいな顔をしているが、泥人形のような見た目だ。

 目に輝きがなく、黒い穴のようだ。


 中でもひときわ大きなかたまりが手足を持ち、大きくなる。

 でかい。俺の三倍くらいの身長だ。

 形は全身鎧をまとった騎士の姿だった。ただし銀色ではなく、真っ黒だ。


「鎧の魔人様。それが供物でございます」

 声がした。ローブ男の声だ。


「お前か……」

 鎧が言った。


「なに……? 供物……?」

「100年分に匹敵すると考えておりますが、いかがでしょうか」

「100年分、たしかに、あるかもしれん」

 鎧が、水がごぼごぼあふれるみたいな音で笑っている。


「では、人間の供物は100年分、出さずともよいと……?」

「人間を一人ずつ食っても面倒だからな」

「ありがとうございます!」

「ちょっと待てよ。どういうことだよ」

「大体察したろう。お前は、魔人様が多くの人間を食わずにすむための、生贄だ」

「は?」

「これで、無駄に人間が食われずともよくなる。感謝する」

「ふざけんなよ! お前らが食われたくないだけじゃねえか!」

「そうだ」


 ローブ男は堂々と認めた。


「みな、犠牲になりたくはない。そのためにお前には犠牲になってもらう。感謝する」

「感謝する、ですませるな!」

「安心しろ。天国に行けるように、毎日祈りは捧げている」

「生贄に捧げるのをやめろ! だいたい、俺だけじゃなくて、他の、孤児院のやつらもお前たちが殺したって言ったよな!」

「人類の繁栄のためだ」



 ぶつっ、という音がした。


「おい! お前!」


 返事がない。


「食われろ」


 鎧がゆっくりと歩きだす。


「は? ふざけんな!」


 俺は鎧のいる方と反対へ走って逃げた。

 あれだけでかいんだ、どこか穴でもあれば逃げ切れるだろ。

 どこだか知らないがそんなにさっきの湖から離れてないだろう。


「って!」

 と思ったらいきなり転んで顔を打った。

 鼻水がダラダラ出てる感じがした。

 顔をさわるとぬるりと、べったりと赤いものが手につく。鼻血。

 こんなに出たのは初めてだ。


 足が滑ったような気はしなかったが。

「くそ」

 立ち上がろうとしたが、できない。

 振り返ると地面から出た手が俺の右足首をつかんでいた。


「なんだてめえ!」

 左足でガシガシけっても、全然離さない。


「終わりだ。ひとおもいにやってやる。動くな」

 鎧が、ずしん、ずしんと近づいてくる。


 でかすぎて、もうあと二歩で追いつかれる。


 マジで食われる。

 食われなくても殺される。

 ふざけんな。

 ふざけんなよ。


 頭はすっかり覚めた。

 だけどふざけたこの状況は変わらない。


 けっても、殴っても、地面の手は離さない。

 まわりの、小型の人間ぽいやつらもじりじり歩み寄ってくる。


「この!」

 選んでる場合じゃない。

 俺は、地面の手をつかんでかみついた。


「おっ」

 もしひるんだら、その瞬間。

 そう思ったのに、あっさり、かみきれてしまった。

 ちょっと固めのパンくらいの抵抗だ。


 かみ切っても、血が流れてくるわけでもなく。

 やっぱり人間じゃないんだろう。


「……うげ」

 うっかり飲み込んでしまった。


「ぐえ、気持ちわる」

 という気持ちと。

 同時に思ったのは、これ、食べたことあるな。

 という感想。


 知ってる味だ。

 さんざん、店長の家で食べた。

 毎食食べた。こればかり食べた。

 俺はこれで育った。

 最初こそ、世界で一番まずい食べ物だと思ったけれど、慣れたら特に、どうということはなかった。

 その味だ。


「あっ」


 考えている間に近づいてきた小型に腕をつかまれた。


「こ、の!」

 細いように見えるけれども力が強い。

 全然、振り払える気がしない……。


「え?」

 いやちがう。

 腕がくっついている。

 泥と泥を合わせたように、境目が見えるものの一体化している。


 足を見る。

 これじゃあ……。


 かじりつくと、やはりかんたんにかみ切れた。

 まだ完全に一体化しておらず、手首がほとんど切れると、腕をつかんでいる小型のやつの手は、べろりとはがせた。

 そしてうっかり飲んでしまう。

 やはりあの味だ。


 俺は走って逃げる。

 魔力で俺をいっぱいにしたとか言っていた。

 ここにいる、人間とは思えない、地面からわきだしてくるやつが同じ味。

 つまり?


 俺は、あれで腹を満たされてきた?

 あれは、魔力のかたまりということか?


 地面から出ている手を用心深く見ながら走ると、かわして走り抜けることができた。


 壁まで来てしまった。


「この!」

 手で叩くと、ぱちん! という音がした。


「ん?」


 壁に見えるが、すこしやわらかい。押せる。

 と言っても大きく押せるわけではないが。

 まさか、と思ってかみついてみると、食べられる。同じ素材だ。


「む!」


 食いついて味を確認していたら、壁から生えた手につかまれた。しまった。


 手足がつかまれ、壁にべったりと引きつけられて大の字になってしまった。

 口がとどかない。


 近づいてくる鎧。

 鎧が俺の胴体をつかむと、手が離れた。

 チャンス、と思ったときにはもう、ぽい、と鎧の口の中に放り投げられていた。


 赤黒い口の中が見えた。

 それが閉じて、真っ暗になる。


 細い道を通って、ねっとりとあたたかいものに包まれる。

 胃の中だろうか。外が鎧でも体の中は生物っぽいらしい。

 終わった。

 生贄になってしまった。

 もっと、できることはなかったのか。

 そう思ってもしょうがない。

 まさか、生贄として育てられていたなんて思ってもみなかった。

 店長の厚意のお茶だと思わずなんだと思えばよかったのか。

 まわりにいる変な生き物を食べられるということがわかった。それを利用してなにか。

 待てよ!!!???


 ねっとりしたものにかぶりついた。


「ぐうう!?」

 鎧の声で体内が振動した。


 かまわず食べる。

 食べるというか、吸い込む。これは時間がないときにできるようになっていた。

 物体なのだがどこか液体のようでもある部分があり、思い切り吸うと体内に入ってくるのだ。

 さらに、口が、のどが完全にふさがってもなんだか呼吸ができるから、いつまでも吸えると言っても過言ではない。


 口の中にどんどん、どんどん入ってくる。

 振動しているものがどんどん入ってきて、やがてまわりがすこし明るくなった。

 赤黒い壁に囲まれた、さっきの空間だ。


 小型の人型はだんだん近づいてくるけれど、俺の口に触れた瞬間、吸い込む気持ちであふれている俺の口に触れた瞬間に吸い込まれていった。

 バンバン吸い込んで、それで、壁も吸ってみたら、急に地面が崩れた。



「……あ?」


 気づいたときには湖畔にいた。


 森の中の湖。

 空気がひんやりしている。


 俺は変な模様の上にいる。円の中に、直径が小さい円が2つ、同心円状? に描いてある。


 近くには誰もいない。


 もどってきた。

 もどってきたぞ!


「……あいつら!」


 ローブ男たち。

 どうせ、魔法で人をだますようなやつらに決まってる。

 ひょろひょろガリガリばっかりに決まってる!

 一発ぶん殴ってやる!


 俺は立ち上がって、走り出した。

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