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言外の*

推奨:第一部読了

時間軸:婚約騒動後&第一部終了後

エウラリカ/カナン


「……エウラリカ様、どこに行くおつもりで?」

 エウラリカと真正面からばったり出くわしたのは、訓練所から部屋に戻る道中だった。外出するという話は聞いておらず、カナンは思わず眉をひそめて低い声を出す。温室にでも行くなら勝手にすれば良いが、明らかに向かっている先は温室ではない。


 鉢合わせした瞬間こそ顔をしかめたエウラリカだったが、既に動揺の色はない。腕を組み、居丈高に顎を反らして言うには、「お前には関係ないわ」とのことである。

「いや、待ってください」

 にべもなく横をすり抜けようとしたエウラリカの肩を捕まえて、カナンはその姿を上から下まで眺め回した。

「その外套と手袋……またこっそり城の外に出るつもりですね? 荷物は着替えですか」

 エウラリカがよく嵌めている綺麗な手袋とは違って、手の平に擦れた跡が残っている手袋である。外套もいつもより古いもので、つまり彼女はこれから『良からぬこと』をする準備をしている。


 予想はどうやら図星だったらしい。エウラリカは顔を引きつらせて及び腰になる。

「お前、年々余計なところで察しが良くなるわね」

「学んだと言ってください」

 しかし、今日のエウラリカは妙に歯切れが悪かった。普段なら『放っておきなさい』くらい言い放って悠然と立ち去りそうなものなのに、何故かきまり悪そうに目を逸らしている。

「……外に何の用があるんですか? どうせ暇だからお供しますよ。一人じゃ危ないでしょう」

 努めて気軽な口調で言うと、エウラリカは後ろ手に指を絡ませて、しばらく顎を引いて黙っていた。


「……街で、新作のお菓子が出るっていうから、」

「…………ほう」

 意図せず間抜けな音が漏れた。エウラリカは舌打ちせんばかりの目つきでカナンを一瞥し、鼻を鳴らす。答えたことを後悔しているらしい、耳が赤い。

「一人で行けるから結構よ」と歩き出してしまった主人に追いすがり、カナンは「行きますって」と大股になった。

 流石に『拗ねないでくださいよ』とは、本人の前で口に出したら怒られそうだ。



 もはや使われなくなった涸れ井戸に入り、地下通路へ降りた。全身を包み込むような暗闇が押し寄せ、湿った空気の流れを感じる。

 エウラリカが手早く服を着替えているのを見ないようにしながら、カナンは地下通路をしげしげと観察した。以前ここに来た際の会話を思い出す。


「何でしたっけ、これ……旧帝国? の遺物? でしたっけ」

「これからちょっと浮かれた外出をしようっていうのに、面倒なことを思い出させないでくれる」

 ぴしゃりと制されて、カナンは大人しく口を閉じた。さっさと歩き出したエウラリカが、角灯を掲げて地下通路を先導する。その後ろ姿を眺めながら、カナンは少し眉根を寄せた。『ちょっと浮かれた外出』の一言が引っかかり、恐る恐る様子を窺う。


「……もしかして、これって、かねてから楽しみにしてた念願のお出かけだったりしますか?」

「そうよ。そういうところは察しが悪いのね」

 エウラリカの返事は素っ気なく、この暗がりでは表情も読めない。にわかに『お邪魔』の単語が頭に浮かび、カナンは気まずい思いで頬を掻いた。もしかして、折角の楽しみに水を差してしまったのだろうか。


 何も言っていないのに、エウラリカはちょっとだけこちらを振り返ったようだった。ずい、と鼻先に角灯の灯りを寄せられ、間近から顔が照らし出される。エウラリカの目は思ったよりも近いところにあった。

 エウラリカはカナンの顔を無言で数秒観察すると、くいと眉を上げた。

「……私、嫌だったら、ちゃんと嫌って言うわ」

 それだけ言って、再びエウラリカはくるりと体を反転させて歩き出す。カナンは呆気に取られて立ち尽くし、遠ざかってゆく背中を眺めて、ややあってから我に返った。慌てて小走りになって追いつくと、エウラリカは唇の端を持ち上げたようだった。呆れたような笑みだった。



 ……あのときのエウラリカの言葉は果たして本当なのか、あとから考える機会が何度かあった。彼女は、望まぬ選択肢を与えられた際に、必ずしも否を唱えるだろうか? 素直に自分の意思を露わにしてくれるだろうか?

 ――あのひとは、あれで意外と優しいから。

 自分の他には誰も理解してくれなかった主張を口の中で転がして、カナンは長い息を吐きながら足を組んだ。


「総督閣下、来客です」

 扉の向こうからかけられた声に短く返事をして、カナンは机の端に置かれていた菓子の皿に何となく目をやった。……少なくともあのときエウラリカは、一緒に街へ出て、楽しみにしていた菓子を一緒に食べに行くことを受け入れてくれていた、はずだ。


(初出:2021/2/28)

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