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赤い靴**

推奨:第一部深層編 第一王子編ラスト(なおも常闇)まで読了

時間軸:第一王子暗殺後

エウラリカ/カナン/ラダーム


 粛々と進んでゆく葬列に言葉はない。喪服を着た兵が棺を捧げ持つようにして支え、焦れるほど緩慢な足取りで廊下を進んでゆく。

(第一王子の墓は、帝都の外に作られたのだったっけ)


 棺の中で眠っているであろう男の顔を思い浮かべて、カナンは柱の陰でそっと腕を組んだ。

 アジェンゼ大臣によって殺害された悲劇の第一王子ラダームの遺体が、ゆっくりと城から運び出されようとしている。先程まで大広間にて葬儀がしめやかに執り行われていたそうだが、エウラリカはラダームの葬儀に参列することを拒否した。


(本当に血も涙もない女だよな)

 冷めた表情で『葬儀になんて行かないわよ』と吐き捨てたエウラリカの横顔を思い出す。ラダーム殺害に際する彼女の所業も一緒に蘇り、カナンは思わず顔をしかめた。



 折しも葬列はカナンの目の前を通過しようとしているところだった。自然と目を伏せ、姿勢を正してしまう。――と、そのとき、高らかな靴音とともに小さな人影が葬列に向かってふらふらと近づいてくる。

 目を疑って、カナンは思わず身を乗り出した。あんなもん、目を凝らさなくたって誰だか分かる。

(あの女、何しに来たんだ)

 今日の城内は『何故か』湿っぽいから外出しない、と宣言していたはずの女が、何をノコノコとこんなところに来ているのか。


「その蓋、取れる?」

 まるで踊るような足取りで葬列の前に立ち塞がると、エウラリカは不遜な態度で首を傾げた。兵たちは狼狽えたように顔を見合わせる。エウラリカが促すように「ん?」と首を反対に倒して初めて、彼らは慌てて棺の蓋を開けた。

 棺の中のラダームの姿は、カナンの位置からは見えない。首を裂かれた遺体があるはずだ。エウラリカは棺の脇に立ち、俯きがちに中を見下ろしたまま、しばらくの間沈黙する。

 ややあって、おもむろにエウラリカが身を屈め、自らの踵に指先を触れた。衆人環視の中、前触れもなく靴を脱ぎ、片手の指に引っかけて持ち上げる。


 葬列には相応しくない、鮮やかな赤い靴であった。


 エウラリカは口元に薄らとした笑みを浮かべ、棺の中に靴を放り込む。何か諫めようとした兵を見上げ、彼女は少しだけ苦笑したようだった。

「元々お兄さまにもらったものだから、返しに来たの」

 それだけ言って、エウラリカは兄の眠る棺を一瞥する。唇が素早く動いて何かを呟いたが、聞き取ることはできなかった。


「じゃあね」と言ってひらりと手を振り、エウラリカは踵を返す。音のない、静かな足取りで、彼女が離れてゆく。ややあって戸惑いがちに動き出した葬列を見送って、カナンは柱の陰から出てエウラリカを追った。

「……葬儀には出ないんじゃなかったんですか」

 エウラリカは振り向きもせずにしばらく歩き続けていたが、角を曲がる段になって横目でカナンを見やる。


「お前には関係のない話でしょう」と返ってきた言葉はにべもない。カナンは思わずむっと眉をひそめた。

「いえ、別に。……どの面下げて来たのかと思って」

 口走ってからすぐに、言い過ぎたと悟る。血の気が引いたが、エウラリカは「怒ってないわよ」と、面白がるように口の端を上げただけだった。

 裸足で冷たい地面を踏んで庭を横切る後ろ姿を追う。落ち着いた足取りで、一歩ごとに強く土を踏みしめてゆく素足がやけに白い。


「……おんぶしましょうか」

「その貧相な体躯でよく言えたものね」

 何となく落ち込んでいるみたいだから親切にしてやろうと思ったのに、この言い草である。あまりの仕打ちに、カナンは思わず口をひん曲げた。エウラリカが鼻で笑う。

「帰ったらすぐに温かいものが飲みたいわ。すぐによ」

 と、これは要するに先に戻って用意しておけということらしい。「分かりましたよ」と殊更に嫌味を込めた口調で応じて、カナンは早足にエウラリカを追い越した。肩越しに一度だけ振り返ると、エウラリカは眉を上げてちょっと微笑んだ。


「良い子ね」

 言いながら、彼女が片手を持ち上げ、揃えた指先で自らの喉笛を斜めになぞるような仕草をした。蘇った記憶に背筋が凍る。咄嗟に首に触れると、首輪の鈴が音を立てた。

「これからも良い子でいてね」

 ……怒ってないなんて大嘘だ。カナンは首を竦めて、歩調を速める。早く帰って湯を沸かしておこう。


 エウラリカのためにも、自分のためにも。




(初出:2020/12/21)

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