縁日
祭りに行ってみたくなって書きました。
暇つぶしにどうぞ。
「忘れないうちに氷菓子を買いに行こう」
夏の暑さか、酔いのせいかわずかに赤らんだ頬を弛ませ父は言う。
夕日が姿を消し、淡い青が辺りを沈めている。
しかし眼前には浮かれた灯りに照らされた出店が立ち並び、それに絆された人々が喧騒に飲み込まれていく様が広がっていた。流れる祭囃子が人々を歓迎するように音量を上げる。
父はアイスクリームのことをいつまでも氷菓子と呼ぶ。
人前でアイスクリームと口にする機会など滅多にないし、ましてやそれが父となれば猶更だ。
しかし私はどこかそれを恥ずかしがり素直に頷くことが出来なかった。
しかし父はいつまでも私の手を握り私の答えを待っている。父の手から降りてくる仄かに香る甘苦さはいつまでたっても慣れない。
父はそれを豪快に呷った後にもう一度私を覗き込む。
「好きじゃなかったか?氷菓子」
その拍子に夏の気配が私の頬を撫で、自分がうっすらと汗ばんでいることが分かった。
一度それを味わうとその感覚は全身に広がり、慣れない浴衣の股下から風が通っていることが分かる。
その薄気味悪さをいくらかましにしてくれることを期待し私は首を横に振る。
「そうか。じゃあ買いに行こう」
父は私の手を引き陽気に下駄を鳴らしながら歩き始めた。父の表情は見えなったが笑っていたような気がする。
「楽しんできなさい」母が言ったことを思い出す。
病気に伏す母を置いてはいけないと子どもながらに思った私は傍を離れず沈黙を守っていたが、今となっては父と一緒に下駄を呑気にならしている。
父はいつも仕事から帰ると母と私に御飯を作り、母に手を煩わせまいと自分の食事を蔑ろにしてまで母の食事を手伝う。
洗濯は上手とは言えないが男にしてはましな方ではあると思う。掃除は私の役目だが物が少なく大して広くもない家を磨くのは苦にはならなかった。
そんな母を愛してやまない父が縁日に出かけるなど思いもしなかったが、ぼうと窓の外が赤く光っているのを母の瞳から見ていた私は誘われると断れなかった。
親の手に抱かれる御面を被ったこの世ならざる者の幼子の珍妙さに思わず笑みが零れる。
急に笑った私をみて驚いた父は私がよっぽど祭りを楽しんでいると見えたのか嬉々と酒を流し込む。コップを口に咥えたまま私の両脇に手を差し込み、肩へと乗せる。
小さな私は人の足しか目に留まらず、人いきれに飽き飽きしていた私は為されるがまま大人の世界を目にする。父の目に今日の母はどう映ったのだろうか。
頼りなさげに揺れる氷と書かれた赤文字と白波の旗がやけに涼しそうだ。
賑わっていた射的や綿菓子に比べると、アイスクリームは解けてしまうためか二、三人しか並んでいない。
父が「氷菓子」を買い、上にいる私に手渡す。
純白のそれは提灯に照らされ幽かに染まっている。
そのおかげか口に頬張るとやたらと甘く口の中に広がった。