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8.NOT FOUND

8/10(木)am6:00


テツ、おいテツ…

ドラムの前に座っている。あ、これは夢だなとすぐに気がついた。

もう、何回も何回も見ている夢だ。

テツ、おいテツ

声がする。見ると俺はステージの上で、読んでいるのはリョウだった。

リョウは恐らく声を出していない。でも、リョウが俺を呼んでいるのは分かる。

ドラムとボーカルってのは夫婦みたいなもんだと俺はつくづく思う。

俺たちの息がピタリと合わなければどんな素晴らしい演奏も歌声も途端に不協和音になる。

ボーカルってのは大体身勝手だ。だからドラムってのはそんな役回りなんだ。

でもな、リョウ、いくらでも暴れろ、叫べ、リズムなんて気にするな、お前の全てをさらけ出せ、大丈夫だ、俺がついて行ってやるから…

カウント、1.2.3、さぁ歌え!!!



目がさめるとキョウコの部屋だった。俺もキョウコも素っ裸のままに肩をよせあわせて寝ていた。


高校を卒業し、ついでにバンドもやめた俺はこの街から電車で2駅ほど行ったこれまた小さな街の役場で働き始めた。

仕事は意外なほど楽しかった。昔から年上には好かれるたちだった、上司にも可愛がられた。

キョウコと付き合い出したのは働き始めてすぐの頃だった。チェーンの安い居酒屋に職場の先輩たちと飲みに行った時、俺たちのオーダーを聞きに来たのは小柄な女の子だった。

黒髪のおかっぱ頭にクリクリとした目、やわからそうな頬、一目惚れだった。


宴もたけなわとなった時、俺は「お金集めますよ〜」と言って、みんなからお金を集めて回った。集め終わったお金を彼女に渡した。お札の下に連絡先を忍ばせて。


今思えばバカみたいなやり方なんだけど、何故かキョウコは俺に連絡をよこしてくれた。

キョウコは短大に通っていて俺と同い年だった。俺たちが付き合い出すまで長くはかからなかった。


この数年間、辛いことや苦しい時期もあったが、周りには仲間いて、そして隣にはキョウコがいた。順風満帆だ。

俺とキョウコは今年の春に同棲を始めた。

仕事終わり、夕暮れの中、キョウコが待つアパートに帰るとき、こんなにも幸せでいいのかと思う時がある。


家に帰ればご飯を食べて、風呂に入り、ビールを飲み、キョウコを思いきり抱いて寝る。


彼女の髪に鼻を押し当てて眠る。彼女の匂いを胸いっぱいに吸い込み眠るとよく眠れるのだ。


なにもかも満ち足りている。不安も不満もない。なのに夢を見る。


夢の中ではリョウが俺を呼んでいる。

テツ…おいテツ…

分かってる、ドラムを叩けっていうんだろ。

やってやるよ、さぁ、叩くぞ

俺はスティックを振り下ろす。

しかし、俺はドラムの音を夢の中で聞いたことはない。いつも打面にスティックが当たる寸前で目がさめるからだ。



その日もそうだった。俺はドラムをぶっ叩く寸前で目が覚めた。言いようのないフラストレーションが胸の奥に溜まる。


素っ裸のままドラムの練習パッドを引き寄せて、両手でビートを刻む。

なんなんだ。一体、なんでこんな夢を俺は何度も見るんだ。

別にバンドに未練はない。あれ以上俺たちは前に進めなかっただろう。

だから、あの7年前の大阪の夜を後悔しても何もならない。

なのに何故だ。くすぶっているのか。俺が、まさか…


俺は自嘲気味に笑った。

「てっちゃん、少し音大きい」

後ろからキョウコが眠たそうな声を出す。

「すまんな、キョウコ、起こしたか」

キョウコは短大を出て商社に事務として入社した。毎日遅くまで残業しているし、俺みたいに夏休みもない。

彼女は今日も仕事だ。もう少し寝かしていてあげたい。

「キョウコまだ6時やからもう少し寝とれ、俺が起こしたるで」

キョウコの頭を撫でてやると、彼女はまた目を瞑り、布団に顔を押し付けた。



俺はただ、ぼんやりと部屋の壁を見続けるだけだった。


別にいいんだ。俺にとって、今、一番大事なのはキョウコだ。彼女と結婚したい、ずっと一緒にいたい。もちろん、リョウ達ともずっと友達でいたい。それでいいじゃないか。

別にドラムを叩かなかても、バンドなんてしなくても。


「てっちゃん」

キョウコが後ろから話しかけてきた。

「起きてたんか」

「てっちゃん、またバンドやれば」


俺はそれには答えず、朝ごはんの準備に取り掛かった。



am:10:00

ドラムを叩く、スネア、タム、フロア、シンバル、バスドラの音を一音一音確かめるように注意深く叩く、一心不乱に叩く


特に用事がないときはこうして隣町のスタジオまで車をかっ飛ばして一人でドラムを叩く。ドラムを叩くのが好きで好きでしょうがなかった。ドラムを叩いていると自分の思考回路が閉じていくのを感じる。次に体の感覚が希薄になり、最後にはビートだけが残る。

その感覚が好きでたまらなかった。

あの頃のように叩くんだ。叩け、叩け。そう思うほど感覚が遠ざかり思考がハッキリとしてくる。

なんで俺はこうやって一人になっても未だにドラムを叩いているんだ?

未練があるのか?バンドがしたいのか?

分からない、分からないから叩くしかない。

リョウ、昔、バンドで世界と戦うって言ってたよな。俺たちは負けたのか?戦うことを放棄したのか?

負けたとするならば、負けた後の人生がこんなに長いなんて想像もしてなかったよ。

リョウ、お前は変わっちまったよ。妙なニヒリズムに侵された。お前はなにかを諦めた。でも、諦め切れてやいないんだ。お前がやるべきことはカリフォルニアでくだまくなんて馬鹿げたことじゃない、お前にもう一度立ち上がって欲しいんだ。その時は心ゆくまで戦え、後ろは任せろ。


また余計なことを考えている。叩け、叩け。

思考を置き去りにしろ、楽器を鳴らすんじゃない、俺自身が楽器になる。そういうつもりで叩くんだ。


振り上げ、打面を叩く、その瞬間、スティックが折れ、ビートは止まった。

息が上がる。スティックの換えを取るために椅子から立ち上がり、バッグの中を弄る。

と、携帯が震えていることに気がついた。

リョウからだ。


「どうした?」

俺は息を切らしながら言う。

「単刀直入に言うけど、もう一回バンドしねえか?」

驚かなかった。何度も何度も想像してきた場面だったからだ。

「1つ聴いてもええか?」

「おう」

「なんでもう一回するんや?」

「知らねえよ、それを確かめる為にやるんだよ」

俺の返事は決まっていた。

これも何度も想像したセリフだった。

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