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11.ボーリング

8years ago


その夏に俺たちが作ったアルバムはインディーズ業界でちょっとした話題になった。

いくつかの雑誌で小さく紹介された。

『期待の高校生バンド』その見出しを見た時、心が震えたことをよく覚えている。


リョウ、ヨシ、テツとは違って頭の悪い俺は地元のバカ高校に進学した。仲間の影響で酒とタバコを覚えたが、喧嘩だけはしなかった。手を怪我してベースが弾けなくなると思うと恐ろしくて仕方なかったからだ。

どれだけ付き合う仲間が変わろうと、どれだけ環境が変わろうと俺の中の1番は揺るがなかった。

仲間とバンドだ。俺はこいつらとこいつらとやっているバンドの為なら命をかけれる。

本当にそう思っていた。

高校生になっても俺たちは定期的に集まって練習して、曲を作った。

どれも素晴らしかった。曲を作り、ライブをしていくうちに、リョウには特別な才能があることに気がついた。

こいつの作る歌には人を魅了する不思議な力がある。その力を最大限に引き出してやるのが俺の使命だと思った。

ベースは地味だ。歌やギターは聞いたらすぐに良し悪しが分かるが、ベースはバンドを知らん奴が聞いたらどれも、おんなじに聞こえるかもしれない。

でも、ベースはバンドを支える背骨だ。背骨がしっかりしてなきゃ、走り続けることはできない。

どれだけ素行に問題があろうと、どれだけ勉強が出来ずとも、俺にはベースがある。

それだけで俺は胸を張って生きていける。ベースは俺にとっても俺と言う存在を支える太い背骨だった。


言葉に出したことはないが、俺はこのバンドでなら世界と戦えると思っていた。昔リョウが俺に言ったように、俺たち1人1人は一山幾らのガキでも、俺たち4人が集まれば世界と渡り合っていける。

だから、雑誌に取り上げられたり、ライブをする度に客が多くなっていくことはなんら不思議なことではなかった。

当たり前のことだ。むしろ、まだ、まだ足りない。そう思うくらいだった。


しかし、客が増える度にリョウの表情が曇っていくのを俺は感じていた。

しかし、どうして、と聞くことは出来なかった。恥を捨てて正直に言うと、俺は怖かった。リョウの一言が俺の背骨をへし折ってしまうんじゃないかと不安でしかたなかったからだ。


隣町の大きなライブハウスでトリを務めた。ライブは大盛況だった。俺たちはフロアに降りた。俺たちの姿を捉えると、客は大きく沸いた。

数人の女の子に取り囲まれ、一緒に写真を撮ってとせがまれた。他の3人も同じように客に囲まれていた。

そわな中、リョウの顔だけが曇っていることを俺は見逃さなかった。


ライブの打ち上げにリョウだけが来なかった。足早に帰ってしまっていた。

取り残された3人で打ち上げ会場である近くの居酒屋に雪崩れ込んだ。


「なぁ、最近のリョウおかしくねえか?」

テツが言う。テツも同じことを思っていた。

「そうか?」

とヨシが焼き鳥を頬張りながら言う。こいつは何も考えていない。

「なんつーか、悩んでるというか、なんというか…ちょっと、心配やわ」

「なら聞いてみるか」

「お前、それで素直に答えると思ってんのか?」

「でも、聞いてみないことにはわかんないだろ?」

ヨシの言う事はもっともだ。

リョウがナーバスになるのも分かる。俺たちは東名阪ツアーを夏休みに敢行する予定だった。ツアーのどこかでレーベルの社員が見にくるらしいと言う噂が出回っている…とよく使うライブハウスの店長が教えてくれた。


「バンドのフロントマンだし、プレッシャーもあるのかもなぁ」

とテツはしみじみと言った。

しかし、どこか的を得ていない気持ち悪さを俺は感じた。

もっと根本的な部分でリョウは悩んでいるように見える。

「どちらにしろ、今が正念場だ。俺たちがあいつを支えずに誰が支えるんだ」

俺は柄にもなく、熱く語ってしまった。


そうだな、その通り。と口々に言い、話し合いは終わり、後はいつも通り下らない話で笑い合った。



その日、終電に乗り、街へと帰った。ヨシとテツはすぐに寝てしまい、俺は1人、窓の外を眺めた。電車は走り、あっという間に窓の外には俺たちの町が広がった。


俺は自分が生まれた街が好きだった。

海を見に行くのも、カリフォルニアでだべるのも好きだった。ここで死ぬまでこんな風にこいつらと生きていけたら最高だなと思っている。

歳食ってもバンドやって、こうして馬鹿話して…その光景を思い浮かべる。

その中にリョウの姿はない。あいつは違う。きっと遠いところに行く。そんな気がしていた。あいつはもっと大きな世界で戦うべき人間だ。

そうしたら、俺たちのバンドは?俺も町を出ることになるのか?俺も一緒に大きな世界で戦うのか?

自分の思い描いた光景と思考が一致しなくなり、頭がぐちゃぐちゃになっていく。

俺はあんまり頭が良くない。だから考えるよりも、その時が来たら決断しよう。


電車は町に着き、俺は2人を叩き起こした。



デカい荷物を持って電車を乗り継ぎ、俺たちは名古屋へと向かった。

今回のツアーは名古屋でライブした翌日大阪、その2日後に東京でツアーのラストを飾る段取りになっていた。

数時間電車に揺られていると天を突くほどの大きな建造物の群れが見えてきた。

「でけぇ…」とテツがぼんやりと言うと、俺たちは「バカ、田舎者みてえだろ!」と言ったが、そもそもみたいじゃなく、俺たちはまごう事ない田舎者なのだ。

その建造物の群れはまるで1つの生命体のように見えた。その大きな生き物の中に電車は入っていく。



電車を降りると俺たちは面食らった。

こんなに大勢の人間がまるで大きな波のように蠢いているのをみたのは初めてだったからだ。その波もまた1つの生き物のように見えた。

こんなとこでは生きていけんな…と俺は思った。

「おい、何ぼーっとしてんだよ」

とヨシの声が聞こえる。見ると3人は既に改札へと進んでいた。俺たちは波に乗り切れず、担いだ楽器をガンガンと人に当てながらなんとか前に進んだ。


地下鉄を乗り継ぎ、なんとかライブハウスの最寄駅に着き、地上に出た時、思わずため息が出た。何もかもがデカかったからだ。

しかし、俺たちはのんびりとあたりを見渡す余裕はなかった。

というのも、ライブは夜からなのだが、リハーサル自体は昼過ぎから始まることが多く、もう俺たちのリハーサルの時間が迫っていたからだ。

普通、リハーサルは出演順とは逆の順に行う。俺たちの出番は1番最後だったので、その分リハーサルの時間は早いのだ。


「腹減った」

とテツが言った。

「昼はリハ終わってからだな」とリョウ

「エビフリャー食べに行こうぜ」とヨシが目をキラキラしながら言う。

そんな3人を尻目に俺は拳を固く握りしめた。

ここからだ。このツアーから俺たちの戦いが始まる。俺は絶対にこのライブを成功させる。



ライブハウスは裏通りの汚い雑居ビルの6階にあった。

スタッフに挨拶を済ませると早速リハにうつった。

それぞれの音出しが終わり、次はモニターの調整だ。

「じゃあ、曲で合わせる?」

とPA卓からスタッフが声をかけてきた。

はい、お願いします。とリョウが答える。

「それじゃ、1曲目のサビまでやります」

曲が始まる。練習通りだ。かなりタイトに仕上がっている。アンプのお陰か、心なしかいつもよりも音がよく聞こえる。

ボーカルのピッチは一瞬たりとも狂いなく、完璧と言ってもよかった。しかし、その声は魂が抜けてしまったように無機質な響きがあった。違うだろ、それじゃ、そんなんじゃねえだろ…と俺は歯を食いしばった。


「…おい、グッチー」

リョウに呼ばれていることに気がつかなかった。

「なんだ?」

「モニターはどうよ?合わせときたい曲ある?」

「いや、大丈夫だ」嘘だ。

全く大丈夫じゃない、俺の中で不安の種が発芽して、心に根を張り出していた。

 

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