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僕には少し甘すぎる  作者: Bくん
第一部
9/11

9話『ほだされた男』


先生になれって?

何かの聞き間違えだろうか。幻聴?


いやいやいや。

こんなはっきりした幻聴があってたまるか。

天使。神。次は先生?

と言うかこの人、急に元気になったな。

まだ薬も飲んでないってのに。


「おっ、落ち着いてください! ととと、とりあえず座って」



冷静に(さと)すはずが、やたらとどもってしまった。

落ち着くべきなのは僕の方かもしれない。

自分から触るのと、向こうから触られるのではだいぶ違って、何だかそわそわする。


だから、近い。近いんだよ。

この…………、二枚目が!


……くそぉ。

相手の顔面偏差値が高すぎて上手く罵れない。


「あの、て、手を……離してくれません?」


「ん? ああ。悪い」



全く悪びれた様子は無いが、佐藤さんは大人しくソファーに座ってくれた。

手が解放されたことにホッとしつつ、続いて、彼の隣に座る。

二人掛けなので会話するにはやや狭いが、フローリングやマットレスに座るよりは良いだろう。

そう、自分から近付く分にはかまわないのだ。


「で、えっと……。先生って何のことですか?」


「森園くんに教えて欲しいんだ。色々と」


「……い、色々?」


「料理とか、家事とか。俺、一人だとなんもやる気起きなくて。仕事して、帰って、適当に何か食べて。その繰り返しでさ」



淡々とした語り口で。

淡々とした表情で。

物の少ないこの部屋のように、味気無い彼の日常を想う。


一人暮らしの社会人って、皆こんな感じなのかな。

それとも、彼が特別?

僕には分からない。

けれど……。


「少し、変わりたいって思ったんだ。他人に手を差し伸べる君があんまり格好良かったから。俺もちゃんとしたいって」


ちょっ、ちょっと待て。

ちょっと待てよ。

今までになく饒舌な佐藤さんを慌てて制止する。


「かっ、格好良い? って、僕がですか?」


「ああ、格好良い。森園くんが」



即答されて、何だか頭がくらくらしてきた。

女子力男子などと揶揄されることはあっても、格好良いだなんて言われたことは一度も無い。

手を差し伸べるって言ったって、正直大したことはしてないし……。


「か、買い被り過ぎですよ。 僕は別に、聖人君子でも無いし……」


「君が良いんだ」



……ジーザス。


ここに来て、彼が初めて笑みを見せた。

柔らかい、穏やかな笑顔。

おまけにまた両手を包み込まれている。

少女漫画ならきっと花や星が飛んで、甘酸っぱい恋が始まっているに違いない。

構図だけ見ればまるでプロポーズだ。


「俺の先生になってくれ」


「……っ」


一応、自分自身に弁明しておく。

僕にそんなつもりは一切無い。

愛だの恋だの、そう言った感情も無い。

彼の眩しい笑顔にほだされた訳では、決して無い。




「……ぼっ、僕で、よろしければ」



ただ、起伏の無い日々を一人で過ごす寂しさを、僕は知ってしまっているから。

ただ、それだけなのだ。


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