8話『神よ』
「お待たせしましたー」
リビングに入ると、盛り上がった布団がもぞもぞと動いた。
顔だけ出した佐藤さんがこっちを見ている。
何とも弱々しい姿だ。
でかい図体のくせに、放っておけないというか、庇護欲を煽るというか。
僕に他人を甘やかす性質は無いと思ってたんだけど。
「佐藤さん、起きられます?」
「……ん。早い、な」
「まぁ、簡単なものなんでね」
卵粥とお茶をテーブルへ並べると、途端に殺風景だった部屋に生活感が生まれた。
やっぱり食事って偉大だ。
その匂いに釣られるようにして、佐藤さんが這い出てくる。
何だかいちいち犬猫っぽい。
そして、ソファーに座った彼は一言。
「……ジーザス」
なぜ。
なぜ神を呼んだ。
天使の次は、神なのか。
「ちょっ、ただの卵粥ですよ?」
「いや。神々しい」
「こっ、神々しいって……」
大袈裟な人だ。
「いただきます」
きっちりと手を合わせてから、佐藤さんがスプーンを手に取る。
クッキーを食べてた時にも思ったが、彼の食事に対する姿勢は妙に礼儀正しい。
良いとこのお坊ちゃんって雰囲気は皆無だけど、わりとしつけの厳しい家庭に生まれたのだろうか。
何だか想像がつかない。
「……森園くん」
お粥を一口頬張った佐藤さんが、斜め後ろに立つ僕を振り返った。
心なしか目が輝いているような。
「どうですか?」
「めちゃくちゃ美味い」
相変わらず言葉と表情が一致しない。
静かに、でも夢中で、一心不乱に食べている。
やばいな。
にやけそうだ。
人に何か作って、感想を言ってもらえる。
この瞬間が本当に好きだ。
クラスメイトに弁当やお菓子をおすそ分けすることも有るし、人に料理を誉められるのは初めてでは無いのだけど。
佐藤さんの、シンプルで分かりやすい反応は特に好きかもしれない。
「良かった。あっ、そう言えば佐藤さん。洗濯物、部屋干ししても良いですか? 勝手に洗っちゃったんですけど、スミマセン」
スプーンを置いた佐藤さんがスッと立ち上がった。
そのまま、僕の方へ近づいてくる。
「君は、本当に……」
さ、流石に勝手が過ぎただろうか?
怒ってるのか。呆れているのか。
佐藤さんの手が伸びてくる。
殴られる、なんてことは無いだろうけど。
「ごっ、ごめんなさい! 余計なことを……」
「森園くん!」
「……っ」
ガシッと、効果音が付きそうな勢いで手を掴まれた。
佐藤さんの大きな手のひらと長い指が、僕の両手を包み込んでいる。
力が強い。
「先生になってくれないか」
「…………はい?」