3話『He is dying!』
「それ、もっと食っていい?」
「えっと……」
クッキーをあげるのは一向に構わないが、顔が近い。
それにしてもイケメン。じゃなくて。
近い近い。
イケメンでも許されない距離だ。
「……君、いい匂いするな」
男の手から傘が落ちる。
右肩を掴まれて引き寄せられ、互いの身体が密着する。
「ちょっ、ちょっと!」
すぐに押し退けようとしたが、両手は塞がっているし、思いのほか彼の力は強い。
僕に出来る抵抗なんてモゾモゾと身をよじることくらいで、端から見たら抱き合っているようにしか見えないだろう。
平日の昼前で幸い人通りは少ないが、店の軒先でこの状況はいかがなものか。
「あ、ああああのっ……そのっ……」
舌がもつれて、変な汗も出てきた。
誰か助けて。
そう言いたいけれど、混乱し過ぎて助けを求めるべきかどうかも分からない。
これはあれか?
新手の痴漢というやつか?
にしては、堂々としすぎてない?
それに僕相手に痴漢って、誰が得するの?
でも、痴漢じゃないなら、何?
「……美味そう」
「ひっ!?」
掠れた声と熱い吐息が耳を擽って、上擦った悲鳴が漏れる。
なっ、何かヤバい。さすがにヤバい。
美味そうって、クッキーのことだよね?
じゃなかったら本気でヤバい。
助けを呼ぼう。
「あ、あのっ! だれ……か……って、あれ?」
肩口に感じる、ずしりとした重みと熱い吐息。
と言うか、熱いのは吐息だけじゃない。
今の季節が夏であることを差し引いても。
僕の心臓が過剰に脈打っていることを差し引いても。
異常に熱い。
……彼の頭が。
「だっ、だだだ、大丈夫ですかっ!?」
「……う、ん」
崩れ落ちそうになっている男の身体を全身で支えながら、僕は必死で助けを呼んだ。
「だっ、誰かぁーっ!」
この人、死にかけてます。