1話『マスク男』
突然の雨。
逃げ込んだ店の軒先。
小分けにしたクッキーが大量に入った紙袋を抱えて、雨宿りをする。
ついさっきまで晴れていたのに、もう土砂降りだ。
最近の天気はよく分からない。
『悪い、利一。今日から家族旅行』
『ごめん! 俺も今日彼女とデート』
『俺部活だわ。うわー。森園のクッキー食いたかったー!』
グループチャットにつらつらと並ぶのは、断りの連絡ばかり。
何やら朝からもやもやしてクッキーを作りまくった僕は、食べてくれる人を求めてさまよっていた。
「……はぁ」
走って帰ろうか。
幸い今は夏休みの真っ只中だ。
ずぶ濡れになって風邪をひいたって寝ていればいい。
心配する人もいないし。
いや、これが濡れちゃ不味いか。
「……はぁ」
すぐ腐るものでも無いし、どうにかして持ち帰ろう。
紙袋を抱え直し、二度目のため息を吐いた直後、目の前の雨が止んだ。
僕の前に誰かが立っている。
藍色の傘をさした背の高い男だ。
慌てて立ち位置を変えたが、男は動かない。
店に入ろうとしている訳ではないらしい。
マスクをしていて表情は読めないが、完全に僕を見ている。
「あ、あの……?」
恐る恐る問いかけると、男はスッと腕を持ち上げて指を一本突き出した。
人差し指だ。
長くて綺麗。
そんなことはどうでも良い。
指さされている。
知らない人に。
……たぶん。
……恐らく。
知らないであろう人に。
「ぼ、僕に何か?」
「……なぁ」
圧し殺したような、どこか危機感の感じられる声だった。
「それ、食っていい?」
「……はっ?」
それ?
これ?
小袋を一つ持ち上げて見せると、頷いた男がグッと顔を寄せてくる。
「それ」
「よ、良ければどうぞ」
差し出した袋を躊躇いもなく開けると、男がマスクを外した。