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古都の修祓師  作者: 野津
2/2

第一話  邪坂  

大幅改稿により今週分(5/22分)の次話投稿はお休みします。

すいません。

 (かす)かな風は寺院の木々を揺らし、心臓の心拍数も相まって不穏な空気をもたらす。

 結翔(ゆいと)は携帯のライトを使い、倒れている少女を照らす。これだけ血を流していても、彼女は息をしていた。


「とりあえず救急車を……」


 空いた右手で携帯を開こうとしたところだった。小さな血塗られた手が結翔の手を掴んだ。


「……ぃらん」

「は?」

「要らん言うとんねん。耳悪いんか……」

「で、でも……死にますよ」

「傷深いさかい、何回も口開かせんといて。事切れた時は(から)はそこら辺置いといたらええやろ」

「そう言われましても……」


 重傷者による突然の声の反応に、結翔は困惑するしかなかった。


(……この話し方――都詞(みやこことば)?)


 彼女はこの地域で―否、この国で今はほとんど絶滅状態であると言われている『都詞』を話している。


(この娘、なんかヘンだな……)


「んじゃあどうすれば……?」

「……(うち)(なか)……このままやと人に見られ……よる……」


 そう言って彼女の首は力を失くし、顔を沈めた。


(……息はあるな)


 少なからずの希望を見出そうと、傷を探す。しかし、言葉では言い表せない程の惨状だった。


(創傷(そうしょう)が……多すぎる……)


 だが、彼女の心臓は動いていた。


「止血……!」


 彼は数多くの傷から最も出血の激しい上腹部の創傷に自分の服を切り裂いて力強く圧えた。白の布と化した結翔の服はみるみる赤く染っていった。

 彼の心は既に決し、彼女の体を前に抱える。


「流血かなり酷いけど、このまま揺らしまくっていいのか…?」


 腕の中で眠る少女に問いかけるように呟くが、応答は何も無い。


「行くしかねぇな」


 彼は暗闇に続く石畳の道を駆け出した。空は少しずつ群青色へと変わっていった。


 人目を(はばか)りながらおよそ5分。4階建ての2階に住む結翔は、家の扉を乱暴に開けつつ、そっと廊下に少女の体を置いた。


「これで……いいのか……?」


 彼は少女の首に手を当てる。体温は低いが、やはり脈拍は健全だ。


(この娘、異常に軽かったな……)


 疑問が残るばかりであるが、彼はすぐに対応を迫られた。出血は未だ止まらず、廊下にも既に小さな血溜まりができていた。


(絶対致死量出てるって……)


 そう心の中で思いながら、脱衣所のクローゼットから白い布を大量に出す。修祓師(しゅうばつし)は穢れを払うのが本来の仕事である為、儀式上清潔な白い布は欠かせないものとなっている。

 手一杯に布を抱えて廊下へ戻ると、幼女は血溜まりの上にちょんと座っていた。


「あっ」

「それ、寝床に詰めて敷いて貰えへん?」

「寝床……」


 なにか不貞腐(ふてくさ)れているかのような顔で言われた彼女の注文に、結翔は自分が常に寝ているベッドに目をつけた。


「あの……血を止めないと……」

「眠いんや」

「寝たらそのまま起きないとか――」

「はよして」

「……」


 結翔はその少女の言葉に気圧(けお)され、言われるがままになっていた。

 シーツを剥がし、マットレスのみにする。マットレスが血を吸うといけないので、厚手の布を念入りに敷いて、その上に古びたシーツを被せる。


(これなら大丈夫だろ。どうせこのシーツ捨てる予定だったし)


「出来ましたけど――っちょ」


 あの瀕死だった姿はどこへ行ったのだろうか。彼女は血をダラダラ垂れ流しながらリビングを経て結翔の部屋へと走り込み、ベッドへ倒れた。倒れ込んだ瞬間、僅かに血飛沫が飛ぶのも彼は見逃さなかった。


(なんだこれ……)


 少女は何も言わずに、すぐにいびきとまではいかないが、大きな寝息を立てて眠りについた。これで良かったのか、結翔は考えようもないが、彼はすぐに仕事が出来てしまった。


「浄めないと……」


 結翔は、家中血だらけにされた彼の感情は誰にも理解されないと悟った。それは、穢れを祓う修祓師としても同義であった。

 血は穢れの代表格であり、もし彼と顔見知りの者がこの修祓師の部屋を惨状を見れば気絶するであろう。


 余った布で玄関からベッドに続く血の辿(たど)りを虱潰(しらみつぶ)しの様に(ぬぐ)っていく。


「あぁ……俺も眠い」


 しばらくして、彼は頭が浮いていきそうなのを自覚する。


(今日……は休む……か)


 結翔は布を持った肩の力を抜く。廊下にもたれ掛かると、すぐに視界は狭まっていった。



        ○○○○○○○



 彼は暗闇に堕ちていく。

 気が付けば目の前に長髪を持った人の後ろ姿があった。


「――様……?」


 誰かの首が少し動く。


「――様!やはり存命でいらしたのですね!?」


 その人の元へ駆け寄る。幼い歓喜は両手でその人を抱き締めようとしていた。その瞬間、その人は不快な音と共に首だけを真後ろに向けた。


「――人殺し」


 目と口から血を流し血眼になっていたその人に、もうあの眩い姿はなかった。



        ○○○○○○○



「うわああぁあ……」


 情けない声で震え上がりながら目覚めた結翔は、ようやく夢から逃れられることが出来た。


(夢……だよな)


 深い安堵のため息とともに、床に仰向けに倒れる。ここのところ、彼はよく過去の夢を見るようになっている。それも悪夢である。その度に眠りを(さえぎ)られ、慢性的な不眠症に陥っているのである。


(まだ三時間しか眠れてない……)


 彼は再び眠りにつくと昼前まで寝てしまう体質であるのはよく分かっていた。しかし、やはり睡眠欲には勝てないのだ。

 重い(まぶた)を閉じようとした時、寝てすぐに気に掛けなければいけないものを思い出した。


「あッ……」

「ウチの存在忘れるてどういうことやねん」


 そのものがある方を振り向く前に、どうしても語気が強く聞こえてしまうあの声が耳に入ってきた。

 今暁(こんぎょう)、あの寺院の土塀(どべい)に血まみれになってもたれていた少女は、ベッドの上で結翔が掛けた毛布に包まりながら、ちょこんと座っていた。


「おかげさまでゆっくり休ませてもろたわ。おおきに」

「そりゃどうも……」


 長い黒髪を持った可愛げな少女はクスクスと笑い、ベットのそばにある窓際に移動した。カーテンから漏れる光に照らされた髪は少し赤みが掛かった紅色を帯びていた。


「なんかちょっとくらい話すことあらへんの?」


 少し沈黙の間があったが、彼女の言葉がそれを遮った。特に脅している訳でも無いが、結翔にとってはまるで彼女が怒っているかのように見え、ゾッとした。


「あー……まぁ色々混乱していてですね……」


 彼は心を落ち着かせ、今起こっていることを頭で整理する。

 彼女が都詞を話すことや、年上への言葉遣い、そして、半日も経たないうちに負った傷がほぼ回復状態にあることなどの問題は、結翔が修祓師として感じたあの違和感に帰結した。


「あの、一つ質問をいいですか」

「なんや?」

「あなたはいったい()()なんですか?」


 会話の話題を見つけたとはいえ、彼の語彙力は圧倒的に欠如していた。


「……あらあら、まぁまぁ」


 しかし、彼女はその質問を聞いて手を口に当てながらクスクスと笑った。

 ―そんなん聞かれたのいつぶりやろか、と言って何をするかと思えば、突如として体に包んでいた毛布をスルリと脱いだ。


(ゲッ……)


 次に起こる展開など結翔は予測できていた。

 彼女の上半身は先程から毛布の所々から肌が出ていたため、下には何も着ていないことが結翔にはすぐに確認できた。


「……あほやなぁ。目ぇ開けえや」


 結翔はその彼女の呆れたような声を信じ、目をゆっくり開けた。


「おゎ……」


 彼女の姿は白衣(はくえ)に燃えるような緋袴(びはかま)、さらに今にもひらひらと揺れんばかりの千早(ちはや)羽織(はお)った巫女(みこ)装束(しょうぞく)であった。千早には深緑で鶴の紋様(もんよう)が描かれている。

 結翔はあまりにも美しいその格好に息が漏れるほどの言葉しか出なかった。

 彼女は伸びた髪を後ろで括り、正座と共に結翔に頭をわずかに下げた。


「ウチ、古都で七童子(しちどうじ)をやらせてもろてます邪坂(やさか)と申します。よろしゅうおたのもうします」


 彼はその言葉を聞いた時、悲しくも彼女に刀を向けなければならなかった。


「あらまぁ、なんの真似どすの?」

「貴様……()()七童子か……」

「えぇ。()()どす」


 結翔が睨む一方で、彼女は奢った顔をしていた。


「あんたにウチが斬れるやろか」

「いや。聞きたいことが山ほどあるからな」

「ならその刀下ろさんかい」


 修祓師の中で『七童子』を知らぬ者はいないと言われている。

 修祓師が闘う穢れの一つ、怨霊。その取りまとめを担っているのが『七童子』である、と結翔などの修祓師の間では共通認識なのだ。

 彼ら修祓師は、いつの日か七童子を敵の首領(しゅりょう)であるというように捉えていたのである。


「お前、じゃあなんで明け方にあんな姿で倒れていたんだ?」

「あないに強いお祓いさんは初めてやわ。流石にウチもかんにんどす」

「……」


 結翔は昨夜の怨霊を退治した時のことを思い出す。怨霊が『悪寒(おかん)』を感じたというのだ。


(もしかしたら、本当に七童子を斬れる修祓師が……?)


「それほど強い修祓師が息の根を止めなかったのは……」

「便所でも行きたかったんやろ」

「はぁ……」

「やけどな、さっきから外見させてもろてるけど、あんたの家の前ようけ人来とんで」

「えっ」


 邪坂の素っ気ない言葉に驚き、カーテンから外を覗く。家の前には数人の男がの4、5人。全員が白を基調とした服装と帯刀をしている。


「修祓師だ……」

「どうすんの?」

「お前を突き出す」

「あほかいな。ウチ助けた時からあんたも同罪や」


 結翔は頭が真っ白になった。今彼らに顔を出せば、邪坂はもちろんのこと、結翔も連行されることは確実である。邪坂は修祓師から逃げられるかも知れないが、結翔は生身の人間である。逃げられるはずもない。


「どうしよう……」

「ウチについてき」

「どうやって?」


 手ぇ貸し。と言って彼女はひらりと小さな手を出てきた。結翔は訳も分からぬまま右手を差し出し、彼女の手に置く。次の瞬間―


―バチッ


 手が合わさった指先から腕を伝い、脳にまで電流が走るような感覚を彼は感じた。


「いってぇ!」

「うるさいわ!この服電気起こりやすいんや!仕方あらへんやろ!」

「あぁ静電気だったのね」

「そらそうやけど。今ので周りからは見えんようにしたから、逃げるで」

「透明化??」


 今まで以上に結翔は混乱していた。普段は冷静な彼でも、じっくりと温められてきた脳は既に過熱していた。理性は既に頼りなく、次に意見求められるのは感性であった。彼の感性の答えは「承認」だった。

 彼の理性が再び覚める頃には、結翔と邪坂は家を出て北へと逃れていた。



        ○○○○○○○



「逃げられました……しかし、彼の部屋を確認したところ、修祓師であるのは間違いありません」

「そう……」


 木製の古びた椅子に凛として座っている少女は、ある神社の帳簿(ちょうぼ)の写しをじっと見つめていた。


「やはり……この古都に……」


 事のあらましを報告した従者は安堵(あんど)哀愁(あいしゅう)を混ぜ合わせながら(うつむ)いた。


「えぇ……こんなに容易く見つけるだなんて。でも、少し厄介ね」


 目にかかりそうな横髪を耳の後ろに掻き分け、帳簿の写しをぽんと机上に軽く投げた。

 その机上には、『――――(じょう)三位(さんみ)修祓師ノ処遇(しょぐう)ニ関スル報告書』と書かれた文書が置かれていた。

 彼女は目を細めて、手を報告書に書かれている人物名の文字に添える。


 (結翔……)


 部屋の中は朝方に比べて徐々に暗くなっていく。既に陽は高く昇っていた。

GWは10連休だそうですが、僕にはそんなものはありませんでした。

毎週水曜日、この時間にお邪魔するつもりです。よろしくお願いします。

(先週休んだことは気にしないでください)


5/23追記

前書きにも書きましたが、次話投稿はお休みとさせていただきました。来週は必ず投稿します。(フラグ)

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