第5話
さっきから話し合っているけど話は平行線を辿っていた。
クレアはエルフの国があった森に行こうと言っていて、ヒースは聖王国に行こうって言っていてさっきから二人とも譲らないんだよね。
「精霊王の森だったらそうやすやすと他国が入り込めない。だから安全と言えるのになんでそんなに反対するのよ?」
クレアはいつもの喋り方じゃなくて見た目相応の少女のような話し方をしている。本当はこっちが素なのかなと思っていると、
「精霊王の森は竜王国に攻め滅ぼされた場所。簡単に突破されるのは必至だ」
今度はヒースが言い返した。
確かに俺もヒースの意見に賛成だけど、なんでヒースはよりにもよって聖王国に行こうって言ってるんだろう?あそこは住民のほとんどが人種で他人種のことを毛嫌いしてるから外見では人種に見える俺たちはともかく、クレアも一緒となると色んな意味でまずいはずだ。
「それは昔の話でしょ?あの時は私の判断ミスで他国の侵入を許しちゃっただけなんだから、今は大丈夫よ。それに、私も一緒だと聖王国には入れないと思うけど?」
なんかクレアがぶっちゃけたが俺の疑問をクレアも感じていたらしい。
「確かに聖王国は異種族を国土内に入れないために強力な結界を張っているが、その結界すら突破すれば竜王国の騎士に追いかけられる心配はなくなる。それに、聖王国にはそんなに長く滞在はせずにすぐガルレア連邦国に移れば問題はないはずだ」
ガルレア連邦国は確か、獣人が寄り集まってできた国だったはずだ。世界的に見ても珍しく様々な種族から成る国で、他種族にも寛容だったはずだ。
「確かにガルレア連邦国なら問題ないけど、リスクが大きすぎる。聖王国の結界を通過するのはそうたやすいことじゃないし、もし異端審問官に見つかってしまったら即処刑なのよ?」
もうさっきから同じようなことを言っているけど、どっちも主張を譲らない気みたいだ。仕方がないから俺が第三案を出してやろう。
「じゃあさ、人種の国『イヘリム』を通ってガルレア連邦国に向かえばいいんじゃない?」
竜王国は大陸のほぼ中央に位置していて、北を元エルフの国『アルフヘイム』があった精霊王の森、西に聖王国、東に人種の国『イへリム』、南には精霊種の国『アヴァン』があってガルレア連邦国はアヴァンのさらに南に位置している。
精霊種はこの世界で最も魔法に長けた種で、基本は無害だけど一度テリトリー内に入り込んだらただじゃあ返してくれないから論外で、聖王国はさっきから話に出ている通り強力な結界が張ってあって入るのはかなり難しい。だから消去法でイへリムしかないってことなんだよね。
「それはダメだ。ウィルも知っていると思うがイへリムは実質竜王国の支配下にある。だから、国境を越えてイへリムに入ったとしてもガルレア連邦国に向かうまでに捕まってしまうの可能性が高い」
まぁ、ヒースの言う通りなんだけどどれを言うならガルレア連邦国にたどり着くのはどのルートでも無理だと思うんだよね。
「そういえば、クレアのゲートって最長ルートでどこまで行けるの?」
ヒースは知っているのかわからないけどクレアの魔法の範囲がどこまであるのか知っていた方がいいと思う。だって、かなり飛べるんだったらガルレア連邦国に一足飛び出向かえばいいわけだし・・・
「うーん、ここからだと精霊王の森の入り口までだと思うよ」
少し考えてからクレアはそう口にした。
「じゃあ、ガルレア連邦国に直接行くことはできないってことかぁ・・・」
竜王国の王都は北西寄りだからイへリムにも直接行くことが出来ないってことになる。
もう精霊王の森が目的地でもいい気がしてきたけど、あそこにはドワーフの国と妖精の国が今も存在しているからそう簡単に行くとは思えないんだよね。
どのルートもリスクが大きすぎる。そう判断した俺たちに沈黙が訪れてすっごく気まずかった。
だからなのか俺は無謀な提案をしてしまった。
「聖王国、イへリム、アヴァン、精霊王の森のどれもが無理ならばいっそのこと魔国領に向かうってのはどう?」
結局、俺の案に乗ったヒースたちは逃亡の準備を始めていた。
「私は部下たちに去ることを伝えて来るからヒースはゲートの魔法陣を完成させといて」
クレアはそう言い残し部屋を後にしてしまったので、俺はヒースと二人きりだった。
魔法陣を魔力をインク代わりに使えるペンで書き進めるヒースの後姿を眺めていると、無性にムラムラしてきて我慢できなくなってきた。ヒースが捕まってからあんまり触れ合ってないからなのか、それとも竜人種の性なのかヒースを襲いたくて仕方がない。
「なぁ、ウィル。お前は顔が割れてないんだからこのまま残ったっていいんだぞ?」
書くのを止めないで背を向けたまま唐突にヒースは言った。確かにヒースの言う通りで、刑務所から逃げる時に女性騎士に顔を見られたけどヒースの魔法で精神を混乱させられたから多分その日一日の記憶が抜け落ちている。だから、誰にも俺が脱獄を手伝ったって気づかれていない可能性が高い。でも、俺はヒースと離れるのは嫌だった。たとえ、ヒースが俺のことを良く思っていなくても俺はどこまでもヒースについていくってあの日龍神に誓ったんだ。
「俺はどこまでもヒースについていくよ。だから、そんなこともう言うなよ。あの日、約束しただろ?」
俺の返答にヒースは返事をしなかったけど、あの日のことを思い出したのか魔法陣を書く手を止める。そして、振り向いて
「あの日の約束ってなんだ?」
と聞いてきた。
「はぁ!?お前、あの日の約束を忘れたのかよ!?俺の中で一番大切な約束なのにそれすらも覚えてないってことか?」
本当にあり得ない。ヒースのことは物心がついた時から好きだったけど、情欲を伴った好きを自覚したのはあの日があったからだ。それをよりにもよって忘れてるって怒りを通り越して呆れてしまう。
「本当に悪いと思っている。だから、教えてくれないか?」
狼狽したヒースの顔って久々に見るなと思いながら俺は、
「絶対に教えなーい!それより、魔法陣の続きを書いたら?」
まだ半分しか書けていない魔法陣を顎をしゃくって促す。
まぁ、ヒースの態度を見るに薄々そうじゃないかと思ってはいたけどまさか本当に忘れていたとは―――
俺は不服そうにしながらも魔法陣を書くのを再開させる。それを見ながらこれからのことを思ってため息を吐き、俺はヒースの邪魔をしないように時空石の中身でも確認することにした。
クレアが戻ってきたのはヒースが魔法陣を完成させてから数分後の事だった。
「二人とも急いで!店に王国の騎士が来ていたから今すぐ飛ぶよ」
血相を変えて部屋に入ってきたクレアは、すぐさま扉を閉め、封印魔法をかけた後にすぐに魔法陣に近づいて跪く。そして、呪文を唱え始めた。
エルフ語なのか俺には何を言っているのかわからなかったが、呪文に呼応するように魔法陣が淡く光り始める。ゲートの術式は複雑で詠唱を用いた場合はそれなりの時間を要することになるので俺とヒースは時空石から得物を取り出して扉を警戒する。
一応クレアが封印魔法をかけておいたとは言え、騎士団には魔法に長けた者が多いので物の数分で抉じ開けられてしまう可能性は高いから念には念をだ。
ドンッドンドンと扉を叩く音が聞こえてくるがクレアはそれに動じずに呪文を唱えている。
後どのくらいなのかわからないけど時間はあまりないように思う。急に扉を叩く音が途絶えて、代わりに術式を構築する魔力の流れを扉の向こうから感じるからだ。
「ゲート開門!!」
詠唱が完了したようで眩い光とともに魔法陣の上に楕円形の光が浮かんでいる。まるで水面のように揺らめくゲートの先には鬱蒼と茂る木々が見える。予定通り精霊王の森の入り口にゲートを繋げたようだ。
「二人とも、早く!」
ゲートを潜り抜け、こちらに向かって叫ぶクレア。
俺とヒースはすぐさまゲートへと向かい、そのまま潜り抜ける。
俺たちが潜り抜けたゲートを一瞥すると、魔法で抉じ開けられた扉から多数の騎士がクレアの部屋に入っていくのが見えたがすぐさまクレアがゲートを消失させたので誰一人こちらに来ることはなかった。
一安心した俺はその場に崩れ降り、乾いた笑みを漏らす。そんな俺の頭をヒースが撫でてきた。
「図体ばかり大きくなっても中身は昔のままだな」
そんなことを言っていたけど俺はヒースから触れてきた事に気を良くして押し倒してしまう。
案の定殴られた俺は謝りつつ立ち上がり、精霊王の森に視線を遣る。淡く光ってきれいだと思いながら俺たちはすぐにその場を後にした。