第3話
「そういえば、どうやってここまで来たんだ?」
僕は儀式用の礼服を時空石に収納してウィルに貰った看守の制服を着ると、さっきから気になっていたことを聞いてみる。
「通風孔の中を通って来たんだよ。制服は途中で寄った更衣室で拝借してきた」
グーサインをするウィルだったが、もう一つ気になることがあった。
「よくここの結界が反応しなかったな」
そう、この王都刑務所は竜王国の中でも最も強固な結界を施されている場所の一つだった。
その結界が反応しなかったという事はウィルが何かしたという事だ。
「へっへーん!これを見ろ!!」
得意げに見せてきたのはキャニング伯爵家の紋章が入った指輪だった。
「それがどうかしたのか?」
ウィルが僕に見せてきたのは貴族ならば必ず一人一つ持っている物で特に珍しいものではなかった。
「キャニング伯爵家は王国の懐刀って言われているだろ?だから、こういった場所の結界に反応しないように結界に反応しないような術式が込められているんだよ」
ウィルもついさっき兄に聞いたと言っているが、僕の指輪にも同じような術式が込められているのかは知らないと言う。
「じゃあ、どうやってここから抜け出すんだ?」
通風孔を通って建物の外まで出れたとしても結界が反応して防衛省からゴーレムがテレポートしてくる。そうなったら今の僕たちじゃあ万が一にでも逃げられる可能性はなかった。
「普通に出ればいいんだよ。だって、今頃グリフィン兄がここの結界をハッキングして俺たちが抜け出しても結界が反応しないようにしてくれてるんだから」
ウィルの一番上の兄グリフィンは極度のブラコンでウィルと次男のフィオンを溺愛している。
普段は頼りなくてだらしないのだが、やるときは常人を超える成果を発揮する。天才は変人と紙一重とはよく言ったものだ。
「そうか、じゃあ問題ないな」
でも、なんで僕の脱獄をグリフィンが手伝ってくれたのかが不明だ。
グリフィンは僕のことが気に食わないらしく、幼いころから色々と嫌がらせをしてきた過去がある。
まぁ、昔からウィルは僕にべったりだったし、グリフィンはそれが気に食わなかったのかもしれない。
脱獄を手助けした後で僕を捕まえて極刑に処すつもりなのかもしれないが、その可能性は低いだろう。なぜなら、僕が捕まったらウィルも一緒に処刑される可能性が高いんだから重度のブラコンであるグリフィンがそんなことをするとは思えないんだよな。
「うん、じゃあいこうか」
僕の手を引き、ウィルは牢のある区画をゆったりとした足取りで突っ切る。
他の牢に入っている犯罪者たちが僕たちに自分たちも逃がせと怒鳴っていたが、ウィルは一切気にもせずにその前を早足で僕の手を引いて行く。
それにしてもこの区画の囚人は王国貴族しかいないらしく、そのためか牢の内装がなぜか普通の牢屋よりも豪華だった。普通の牢屋よりも豪華といっても牢には変わりないので貴族からしてみればかなりの苦痛なのかもしれないが、ベッドはふかふかで一般的な貴族が使うベッドよりかは質が悪いが十分寝心地はいいし洗面台もトイレもかなり清潔で装飾まで施されていた。床には絨毯も敷いてあったし牢屋とは言い難い場所だった。
「ねぇ、ヒース。前々から気になってたんだけど、ヒースのその癖いつになったら治るの?なんにでも興味を持つことはいいことだと思うけど、時と場合を考えて我慢も覚えないとだめだよ。もう、子供じゃないんだからさ」
牢のある区画から出る扉に差し掛かった時、突然ウィルが僕を叱った。
いつもは僕よりも子供っぽい言動をしているくせに、世渡りが上手なせいもあって人によって態度を変えることが得意なのは分かるが、人には得手不得手があるってことも理解してほしいものだ。
「わかってるけど、好奇心を抑えるのってすごく大変な事なんだ」
ウィルが言いたいことはわかっているが、僕の好奇心は病的なまでに抑えきるのが大変だ。たとえるなら、蚊に刺された所がかゆいがかくのを我慢しろと言われているような言いようのないものだった。
僕の返事を聞いてウィルはため息を一つ吐いてから牢屋区画の扉をゆっくりと開ける。
なんかその反応に少しイラつきを覚えつつも僕たちは刑務所の廊下へと出た。
先ほどまで僕たちがいた牢のある区画と大差はないが、大きな窓が等間隔に並ぶという点ではかなり違いがあった。牢屋にも窓はあったがベッドに上っても手が届かない場所に小さい窓があるだけで、大きな窓を設置しても結界のおかげで囚人が逃げることはないのかもしれないが念には念をという事なのかもしれない。
「ところで、ウィルが入ってきた通風孔ってどこにあるんだ?」
何人かの看守とすれ違ったがなぜか怪しまれることなく僕たちは廊下を進んでいく。
僕たちにとっては好都合なのだが、結界を信用しすぎているのかすれ違ったほとんどの看守がやる気なくだらだらと歩いていた。
「そこの角を曲がってすぐの部屋だよ」
突き当りの曲がり角を指さしながらウィルは言う。
どうやら何もなく抜け出せそうで安堵しながらウィルの後を付いていくと、角を曲がったところで看守の一人とばったり出くわしてしまった。
本当に運が悪いなと思いながら僕は事の成り行きを見守る。
「ん?なんだ?今この区画の警備は俺一人のはずだがお前たち、さぼりか?」
のんきに言う看守のお兄さん、どうやらあまり怪しんでいる様子はない。
「すみません。少ししたら戻るので見逃してください!」
ウィルが頭を下げると同時に僕もそれに倣って頭を下げた。
「まぁ、本来はダメだが他のやつらもしていることだし局長に報告することはないさ。それに、ここの結界は竜王国の中でも城の結界に次いで強力なものだから、そうそうたやすく囚人が脱獄することはできないよ」
そう言うと、
「局長に見つかる前に持ち場に戻れよ」
と言って看守のお兄さんは歩いて行ってしまった。
僕たちはそんな看守のお兄さんの姿が見えなくなるのを確認してから、通風孔のある部屋へと入っていく。
「後はこの通風孔を通っていけば結界の外まで出られるよ」
近くにあった木箱を積み上げながらウィルは言う。
「そうか。でも刑務所の敷地内ではあるんだよな?」
ウィルの手伝いをしながら僕は一抹の不安を感じていた。
一応グリフィンのおかげで結界は弱まっているが、もし結界が作動してしまったら元も子もないのでウィルの提案でステルスを使わずにこのまま看守の格好で結界の外まで出ることになった。
「お嬢さん、お先にどうぞ」
子馬鹿にしてくるウィルを無視して僕は通風孔へと入っていく。
前々から思っていたがなんで人が通れるような通風孔を設置するのか理解不能だった。
魔道具を使えばもっと細い通風孔でも風が送れるのに、こんな大きな通風孔を設置していたら侵入者を歓迎しているようなものだ。
「ところで、ウィル?さっきから何をしてるんだ?」
何やら後ろの方でごそごそしているウィルに声をかけると、
「ちょっとした罠を設置してるんだよ。そろそろ巡回の時間だから、ヒースが脱獄したことがばれてるかもしれないからね」
こういうところは抜け目ないんだよな。
僕は一切そんなこと気にもしていなかったというのに―――
「ヒース・ドラモンドが脱獄した。結界が何者かに細工をされ機能していない。今すぐ探せ!!」
急に騒がしくなり拡声の魔法でも使っているのか直接頭の中に声が響いてきた。
結界を一時的に切って魔法を使えるようにしたのかも知れないが、もし探知系の魔法でも使われたら一巻の終わりだ。
「ヒース、出口はもうすぐだよ。予定を変更して通風孔を出たらすぐにステルスと風の加護を付与して一気に敷地内を突っ切る。その後は刑務所の塀の外で待機してるグリフィン兄のところまで行ってグリフィン兄のテレポートで王都まで逃げ、王都まで行ったら少しの間スラムにでも身を隠してほとぼりが冷めたら国外に逃亡するっていう計画だよ」
なんか嬉しそうにも聞こえるウィルの声を聞きながら僕は通風孔の外へとでる。
出てすぐに看守に捕まらなくてよかったと思いながらすぐさま自分とウィルにステルスをかけ、ウィルが風の加護をかける。そして、すぐさま塀の外を目指して全速力で駆けた。
まだ見つかっていないようで難なく塀までたどり着いた僕たちは、フライの魔法で塀を飛び超えようと飛び上がる。
「そこまでですよ」
雷を纏った炎が後ろから飛んできて、どうにかとっさに避けられたが塀にぶつかった魔法が弾けて僕たちは地面にたたきつけられる。
顔を上げて魔法が飛んできた方向を見ると、白髪の長髪をなびかせた美しい顔立ちをした聖騎士が立っていた。剣を帯刀してはいるがそれを抜かずに小ぶりの杖を左手に持っている。
「今すぐ逃亡はやめ、さっさと牢に戻れば今回の件は不問に処す」
なんか無理に硬い話し方をしている感は否めないが、さっきの魔法と彼女から発せられる魔力の感じからかなりの手練れであることは間違いない。
「誰がそんなことするんだよ。ここを超えれば自由になれるってのに」
ウィルが女性騎士を挑発するが、相手は気にもしていない様子だった。
「仕方がありませんね」
ため息を吐きつつ女性騎士は言うと、杖をベルトに差して代わりに剣を抜刀した。
女性騎士の持つ剣は王国から支給されている一般的な物と形状は同じだが、刀身にルーン文字が刻まれていて何か術式が施されているのは明白だ。
「ウィル、僕は今使える魔法の中でも一番威力のある魔法を使う。術式を構築するまで時間を稼いでくれ」
「了解!!でも、できるだけ早めにお願い」
ウィルの体が何度か光を纏った後、さっきまでと比べ物にならないほどの速度で女性騎士の後ろに移動する。まるでテレポートを使っているように見えるがウィルは付与魔法以外の魔法はほとんど初級しか使えない。あれは、風の加護と筋力増加、移動速度上昇系の魔法を何重にもかけて光の速さで動けるようにしているのだ。あの速さで体がばらばらにならないのは風の加護のおかげだろう。
「少しはやれるようですが、まだ足りません」
女性騎士の後ろに移動したウィルが次の瞬間には塀にたたきつけられていた。
何をしたのか全然見えなかったが魔法の類は魔力の流れで使っていないのがわかる。ということは、付与魔法も使っていない純粋な筋力だけでウィルの速度を上回ったわけだ。
「くっ、さすがは聖騎士様だな」
いつもの能天気な雰囲気が一変してウィルは口の端から流れる血をぬぐう。風の加護のおかげでかなりダメージは抑えられたようだがそれでもあばらの一本は折れているんじゃないかと思う。
「ヒース・ドラモンド、あなたは突っ立ったままですか?」
なんの感情もうかがい知れない双眸で射抜かれ、僕は我に返る。見入ってしまっていて術式の構築を一切していなかった事に気づき、僕はウィルにヒールをかけてからビッグバンの詠唱をすぐさま始める。
「サンキュ、でも術式の構築を忘れていたことはちょっと許せないかなぁ。俺がこんなに頑張って足止めしてるってのに何もしないで突っ立っていただけなんだもん。後で、お仕置きだぞ」
そんなことを言いながらウィルは時空石から取り出した槍で女性騎士に切りかかる。だが、女性騎士の一なぎでウィルの体は吹き飛んだ。僕は咄嗟にウィルの吹き飛ばされた方向に衝撃を吸収する結界を展開する。それと同時にウィルの槍に炎の加護を付与した。
「その年で多重詠唱とは驚きました」
さほど驚いた様子もなくそう告げる女性騎士にウィルが切りかかる。
今度は吹き飛ばさずに剣で受け止める女性騎士、炎の加護を付与した槍は女性騎士の剣と衝突すると爆炎を発生させた。女性騎士は何の魔法も使っていないはずなのに爆炎をものともせずにベルトに差した杖を抜いて術式を構築する。
僕はすぐさまウィルの周囲に結界を張る。
「ホーリーセイバー」
術式を構築し終え技名を口に出す女性騎士。女性騎士の魔法は僕の結界にはじかれて霧散した。
にしても技名をいう人って羞恥心とか感じないのかね?
「ウィル、避けて!!」
僕の声に反応したウィルが高速で移動して僕の隣へと移動してくるのを確認してから、僕たちの周りに結界を張る。そして、ビッグバンを女性騎士を中心に発現さた。
ビッグバンは光系魔法の上位魔法で、火系魔法の上位魔法であるエクスプロージョンと似たような魔法であるが、ビッグバンは精神にも効果を及ぼすことが出来るのだ。
炎の加護を付与したウィルの槍を物ともしなかったことを考えると、僕の選択は正しかったのだと確信した。
眩い光が消え、女性騎士がいた場所へ視線を向けると、無傷で立つ女性騎士の姿が見える。だが、無傷であるはずの女性騎士は微動だにもしない。
どうやらビッグバンが聞いたようだ。
まるで廃人になったかのように両目を大きく開いて、両腕をだらんと垂らせて立っている。
「ほらいくぞ」
僕はウィルに声をかけてから急いでフライの魔法で塀を飛び越え、すぐさま森の中へと身を隠す。
かなり騒いだので他の看守も僕たちがこの付近にいるってのは気づいているはずだ。そもそも、女性騎士がやってきたことを考えると探知の魔法で僕たちの居場所はわかっているのかもしれない。
「ウィル、お前の兄貴はどこにいるんだ?」
相手にこっちの位置が割れているってことは急いでここを離れた方がいいと思い、ウィルにグリフィンの居場所を聞く。
「グリフィン兄はこの森の入り口にいるはずだよ。ここからだと数分で着く距離だね」
さっきまでのまじめな雰囲気が嘘のようにいつもの能天気なウィルに戻っている。まぁ、いつものっていうかいつも装っているから本当に素のウィルを見たのは結構前だった。
僕は切れかかっている風の加護をウィルに再びかけてもらい、善は急げとでもいうようにすぐさまその場を後にした。
目指すは僕の大っ嫌いなグリフィンの元、考えるだけで憂鬱になるが今はそんなことを言っている場合じゃないのはわかっている。
「そういえば、ヒースってなんでグリフィン兄のことが嫌いなの?」
考えていることが口に出ていたのかウィルが唐突にそう聞く。
「嫌いってのはちょっと違う。ただ、相手が僕のことを嫌いなのにこっちが好きになるわけがない」
本音の部分ではグリフィンのことを嫌いなわけではないが、昔から色んな嫌がらせをしてきてそんな相手を好きになれるのはドМくらいなものだ。
「あっ、ほらもうすぐだよ」
ウィルの指さす方向に目を向けてみると確かにグリフィンがいる。ウィルを成長させるとああなるんだろうなって感じの顔をした整った顔の青年がそこには立っていた。
うわぁ、最悪だ。
僕を見つけた瞬間の表情の落差がひどすぎる。
「ウィル~~~無事でよかった」
グリフィンの元までたどり着くとすぐさまウィルにグリフィンが抱き着いた。
本当にこの兄弟はスキンシップが激しいなと思いつつ、僕は探知の魔法で周囲に人がいないかを確認する。
「じゃあ、行こうか」
急に首根っこをつかまれ僕は文句の一つでも言おうと声を上げようとすると、
「到着~~~」
テレポートを使ったのか、水の出ていないぼろぼろの噴水の前に僕たちは立っていた。
「グリフィン兄、ここはどこなの?」
僕の疑問をウィルが代弁してくれたので良かったが、基本的にグリフィンは僕のことはガン無視だ。
「ここはねぇ、王都のスラム街だよぉ」
気持ちの悪い猫なで声を出しながらウィルの頭をなでるグリフィンは言う。
ウィルの計画だとこのスラムで数日身を隠さないといけないんだろうけど、そんなにうまくいくのかな?
この二人と行動を共にするのが不安な僕はある人の顔を思い浮かべていた。
「なぁ、行きたいところがあるんだけどいいか?」
僕は二人に声をかけて、返事も聞かずにとある喫茶店を目指して歩き始めた。そう、クレアなら僕たちの力になってくれるはずだと僕は確信していたのだ。