第2・5話
俺の名はウィル・キャニング
キャニング伯爵家の三男で、今さっき神官に連れていかれたヒース・ドラモンドの婚約者だ。
キャニング伯爵家はヒースのドラモンド公爵家の分家で、ドラモンド公爵家は王族の分家なので王族の血縁者である。
そんな公爵家の一人息子ヒースは国家転覆罪の疑いを掛けられて連れていかれてしまった。
竜破祭の大儀式を妨害したことで連れていかれちゃったんだけど―――まぁ、おおかた好奇心が抑えきれなくてやっちゃったんだろうな・・・
「ほかの者はそのまま動くな!!儀式を再開する!!」
ヒースが神官に連れていかれると、大神官がその場に残った貴族の子息にそう指示する。
儀式が再開可能だったらヒースを捕まえる必要はなかったんじゃないかと、この場にいるほとんどの人がそう思っているはずだ。
でも、それを口に出す者はこの場には誰一人としていないだろうな。
貴族は名誉が一番大事だから、家名に泥を塗るようなものは誰一人いない。
まぁ、俺もこの場では何も言わないほうが賢明な判断だと思う。なぜなら、この場でヒースを庇うような言動をとれば犯罪者の一味として俺も捕まることになる。
それは一向にかまわない。
俺はヒースを愛しているから、ヒースのためには何でもするつもりだ。
でも、今はダメだ。
ヒースを脱獄させるために俺は動かないといけないと心に強く誓い、俺は儀式が終わるのを今か今かと待ちわびているのだった。
王都から馬車で三十分ほどの距離にある副都『ドルン』
長々とした儀式も無事に終わり、俺はすぐさま迎えの馬車に乗って実家へと戻ってきた。
町に入るときに聖騎士団を見かけたことが気にかかったがどうせドラモンド公爵家へ家宅捜索と称して襲撃する気なのかもしれない。
だからと言って特に何もするつもりはなかった。
俺はヒースのことが好きだがドラモンド公爵家がどうなろうとどうでもよかったからだ。
「ウィル様、考え事なんて珍しいことをしていますね。もうお屋敷に着いてますよ?」
馬車の扉を開けながら皮肉を言うセインに声を掛けられ、もう家の目の前まで着いていることに気づく。
セインは俺の専属メイドなのになぜか俺に敬意を持っていないみたいで、両親の前だとちゃんとしたメイドのような振る舞いをするのだがいつもは俺のことを馬鹿にしてばかりだ。
「お前の減らず口はいつ治るんだろうな」
ヒースが捕まってイライラしているのにさらにイラつかせんじゃねーよ。
でもまぁ、こいつは特に害があるわけじゃないので無視することが賢明な行動だといえる。
馬車を降り、屋敷に入るとホールの大階段で居眠りする長男のグリフィンがいた。
「グリフィン様は今朝からウィル様がお帰りになるのをあそこでずっと待っていらっしゃったんですよ」
セインが俺の疑問に答えてくれた。
皮肉さえなければ優秀なメイドなのにもったいないなどと思いながら俺はグリフィン兄に近づく。
「兄さま、起きてください。今帰りましたよ」
グリフィン兄の肩を揺らしながら俺は声をかける。
昨日も仕事で遅かったのか全然目を覚まそうとしないグリフィン兄、面倒くさくなった俺は自分の部屋に戻ろうと階段を上り始める。
すると、
「ちょっ、ウィル待って」
やっぱり寝たふりしてたんだなと思いながらも俺は足を止めない。
「えー、なんで止まってくれないの?ほんとごめん。ごめんってーー」
なんか後ろでうるさい声が聞こえるが俺は足早に階段を上っていく。
後ろからグリフィン兄が追いかけて来る気配を感じるが、寝ていたとはいえ夜勤明けのグリフィン兄はよぼよぼの爺さんよりも動きが鈍いので追いつかれることはないだろう。
「ほんっとーに待って!!ヒースの事聞きたくないのか?」
そのグリフィン兄の言葉で俺は足を止める。
「今すぐその話を聞かせろ」
すぐさまグリフィン兄の元まで戻って俺はあまり出さない低い声でグリフィン兄に詰め寄った。
ということで、俺は部屋にある使えるものを片っ端から時空石へと収納していく。
グリフィン兄に聞いた話によると、ヒースはかなりやばいことをしてしまったらしい。
竜破祭の大儀式は、王都の地下深くに封印されている邪龍の漏れ出した力を封印の中に押し込むために毎年欠かさずに行っている大切な儀式のようで、それを妨害したってことは国家転覆罪が適用されて極刑に処されてしまう可能性が高いらしい。
それを聞いた俺はヒースと駆け落ちをすることを決意したのだが、伯爵家の一人息子という事もあり禁固数年で出られるとグリフィン兄は言っていた。でも、俺は一か月以上もヒースに触れられないことを考えられなかった。
「で、一体何をやっているんですか?ウィル様・・・」
時空石に収納するのに集中していたせいかセインが部屋に入ってきたことに気づかなかった。
「もしかして家出ですか?」
当たらずも遠からず。
セインは昔から勘が鋭かったからな。
「ちょっと部屋の模様替えでもしようかと思って・・・」
いや、無理がある。
言っている自分でもこの状況でこの言い訳は無理がるのはわかっている。だが、セインは気にもしていないというように、
「そうですか――頑張ってください」
そういうと部屋を出て行った。
えっ、どういうこと?
もしかして両親にチクるってこと?
いや、まぁいいか
それより早くヒースを助けに行かないと、手遅れになる前に――――
時空石に必要な物を全部収納し、厨房に忍び込んで食料も少し貰っておいた。
準備万端で意気揚々と家を出ようと玄関の扉を開けると、
「ウィル様、外はもう暗いのに今からお出かけですか?」
満面の笑顔と抜身の剣を手に持つセインが俺を出迎えた。
あぁ、これはあれだ
チクってはいないけど自分で俺を止めに来たってところかな?
これはまずいと思った俺はすぐさまステルスと風の加護を自身に掛け、一目散に門まで全速力で走り抜ける。
セインは元国家騎士の聖騎士団長を務めていたはず、戦闘力もかなり高いと評判だった。それが何で俺の専属メイドなんてやっているのか不思議で仕方がなかったが、前に母さんに聞いた話だと自分から願い出たという事だった。
「あらあら、このままウィル様に逃げられたら私が職を失うことになってしまうのですが―――そんな事は気にしてくれないでしょうね」
笑顔でセインはそういうと、剣を俺めがけて投げつける。
それをすれすれで避け、門に向かって俺はなおも走る。
セインの投げた剣はまるで砲弾のようで地面がくぼんでクレーターを作る。
「往生際が悪いですね。ウィル様は――」
セインが魔法を発動させる気配がしてチラッと後ろを振り向くと、地面に突き刺さった剣が宙に浮かび再び俺めがけて飛んできた。剣にはチェーンソーのように風の刃が渦巻いている。
あれはセインの得意魔法『ウィンドブレード』だったっけ?
風の刃を自由自在に操る魔法だけど、ああやって剣に風の刃を纏わせて操ることで殺傷力を上げているって前に聞いたな。
絶対にあいつ俺のことを殺しに来ている―――――仕方ない、こっちも反撃に出るしかないな。といっても、セインはウィンドブレード以外にも戦闘用の魔法をいろいろ使えるはずだ。俺の小手先で覚えた魔法で対抗できるとはなから思っていないが、やらないよりかは逃げ切れる可能性が高まるはずだ。
俺は選択肢の少ない魔法の中で初級風魔法『ウィンド』と初級水魔法『フォグ』を平行発動させて煙幕を発生させる。
俺はどちらかというと自分を強化して戦うのが得意なので、魔法を放出するのはあまり得意ではなかった。でも、近接戦では絶対にセインに勝てないとわかっているので足止めを選んだわけだ。
「足止めのつもりですか?」
ウィンドブレードで操るセインの剣が高速で回転をはじめ、竜巻を発生させる。
霧が吹き飛ばされるのをウィンドで抑え込んで僕は急いで雷魔法初級の『サンダー』を発動させた。
サンダーは初級魔法の中で一番の攻撃力を持つ魔法なのだが、魔法が使えない庶民だったらそれだけで致命傷のはずだ。でも、魔法使い相手だとちょっとした火傷にしかならない。
しかし、霧を媒介にすれば少しは殺傷力が上がるはず―――
「使い古された方法ですが結構効果的ですね」
全然効いてなかった!!
えっ、もう打つ手なくない?
近接戦は絶対に無理だとして放出系の魔法は初級魔法しか使えない俺にとってこの状況を打破する方法はなかった。
しかし、セインは動こうとしない。
理由はわからないが好都合だと思い、俺は再び全速力で門を目指す。
もう剣が飛んでくることがなかった。
その代わりに「お元気で・・・」とセインが呟く声が聞こえた様な気がした。