第2話
大聖堂の近くまでものの数分でたどり着いた僕たちは、風の加護と幻惑魔法を解いてステルスを自分たちに付与する。
ステルスは便利ではあるのだが姿かたちは消せても足音などは消せないし、複数人でステルスを使うと相手の姿も見えなくなるので大人数で使うのには適さない魔法だった。使い道は多いが弱点も多いので上級魔法のせいもあり習得している人は思ったほど多くない。
抜け出した時より警備の数は多くなっていたが案外簡単にあてがわれた部屋へと戻ることができた。
普通なら部外者が大聖堂に侵入した瞬間に結界が作動するはずなのだが、今日のために両親が仕立てた儀式用の礼服に結解が作動しないような魔術が付与されていたのかもしれない。
まぁそれならそれでいいのだがそれよりも、これから行われる竜破祭のメインイベントである大儀式が気になって気になって仕方がなかった。
成人年齢を迎える貴族の子息のみが出席できる大儀式、噂では龍を召喚して貴族の子息に流れている龍の遺伝子を活性化させるという。
この国、竜王国『ドラゴローク』の住民のほとんどが竜との混血で、特に王侯貴族は伝説の古代龍の子孫という事もあり不老長寿で特殊能力を使うことが出来る者が多く、大陸でも精霊種に次いで魔法に秀でた種族であるとアレクが言っていた。
その龍の遺伝子を活性化させる儀式が竜破祭の大儀式なのだとか。
屋敷のメイドに聞いた話を思いだしながら僕は窓際の椅子へと座り窓の外を眺める。城下町はかなり賑わっているが、貴族街の方はいつもと変わらずに静かだ。
「本には竜人種って書いてあったが、この国の人たちは自分たちのことを人間だって言ってるんだよな」
僕は口に出しながら指先に光球を発現させる。
僕たちと変わらない姿で魔法が使えない人種はどうやって魔獣を撃退しているのか、いや全員が全員魔法が使えないわけではなかったな。それに、人種は多種と契約をすることで力を借りる魔法を全員が使えるって父さんが言っていた。
この頃思う、この世界を自由に旅して周れたらどんなに楽しいだろうかと―――
大儀式までそれなりに時間があるので暇つぶしに持ってきた本を読もうとネックレスのペンダントに埋め込んでいる時空石を発動させる。
時空石は古から使われている魔道具で、本来ならば時空魔法で収納した場合魔力を継続的に消費してしまうのだがこの時空石は出し入れするときにのみ魔力が消費されるのでかなり魔力が節約できるのだ。
時空石から魔導書を取り出し、栞の挟んであるページを開く。
ページを開くと龍王結界の術式と効果の説明文が書かれたページだった。
僕の得意な魔法は光系統魔法と水系統魔法なのだがその中でも結界魔法はかなり得意な魔法の部類に入っている。
龍王結界は光系統魔法の最上位結界魔法なのだが、広く術式が知られているにも関わらず使える術者はこの国の賢者ただ一人、世界的に見ても5人はいないといわれているほどの魔法だった。
習得が難しいのだが効果が絶大なため習得しようと試みるものは多く、安くはないが金を出せば買える魔導書集にその術式が乗っていた。
術式を丸暗記しても発動するわけもなく、僕はほかのページをぺらぺらとめくり大儀式が始まるまで時間を潰すことにした。
「ヒース・ドラモンド様、大儀式の準備が整いましたので儀式の間までお越しください」
控えめに聞こえたノックの音の後にドア越しに声が聞こえてくる。
もうそんな時間かと思いつつ僕は返事をせずに扉を開け、扉の前で待っていた神官の後についていく。
どうやらお迎えの神官はこの人ひとりらしく、ウィルの部屋の前まで来るとさっき僕にした時のようにノックをした。
「ウィル・キャニング様、大儀式の準備が整いましたので儀式の間までお越しください」
名前部分だけは違うがほとんど言っている事は同じだった。
そもそも儀式の間までお越しくださいって言葉間違ってないか?いや、間違ってないのか?
「はいはーい、今いきますよぉ」
自問自答していると扉の向こうから気だるげな声が聞こえてくる。
ウィルのやつ絶対に寝てたな。などと思っていると案の定寝癖をつけてあくびをしながらウィルは出てきた。
「あっ、ヒース!会いたかったよぉ」
僕の姿を見つけたウィルはそう言って抱き着いてくる。
「お前、寝てたのかよ」
鬱陶しそうにしているのに一向に離れないウィルにそういうと、
「あはは、すんげー睡魔に襲われて寝ちゃったんだよ」
などと能天気な返事が返ってくる。
神官が僕たちを無視して次の部屋に向かっていくので、僕はウィルを強引に引きはがして神官の後を追う。
「なぁ、手ぐらいは繋いでいいか?」
控えめに聞いてくるウィルに無言でうなずく。
それに気をよくしたウィルは満面の笑顔で手をつないできた。
まぁ、この国ではこれが普通なんだよな。
子供を作る時しか女性と過度に触れ合わないように政府から圧力がかけられているみたいだけど、庶民は一切そんなことはなく貴族だけが禁止されていた。
そのせいで貴族は同性同士でそういう関係になり性欲を発散させるらしいのだ。
そもそも貴族が異性と過度に接触しないように決めたのは初代竜王で、理由は初代竜王が女性にモテなかったという理由だった。
それを初めてアレクに聞いたときは憤りを覚えたものだ。
僕は性教育と称してアレクに読み聞かされ続けた竜王国の歴史を思い出しながら、神官の後に続いて他の貴族の子息が部屋から出てくるのを眺めていた。
中には顔なじみも混じっているのだが、成人年齢にもなると両親に決められたいいなずけ同士くっついている。
大儀式も男女別々で行われ、公共施設なども男女は基本別々で一緒になることは絶対にない。
メイドも男があてがわれ、生まれてこの方女性とまともに話したのは母親と親戚の娘たちのみで血縁者以外の女性とはほとんど話したことがなかった。
僕は深いため息を吐きつつ、初代国王を恨みながら儀式の間へと向かう廊下を歩いていく。
いつかこの国から出ていくと心に強く誓いながら。
やっと儀式の間にたどり着いた僕たちは、神官の案内で床に描かれた大きな魔法陣の所定の位置に立たされた。儀式の間に書かれた魔法陣はどこか見覚えがあるのだが、大体の魔法陣が似たり寄ったりな陣が多いので特に気にもせずに神官の言う通りの位置に突っ立っている。
「これから大儀式を始めます。貴族の子息様方は龍王結界が発動するまで指定の位置から動かずに何もしないでください」
祭壇に立つ司祭様が魔法で拡声した声で静かに言う。
なんか見たことがある魔法陣だなと思っていたが、まさか龍王結界の魔法陣だったとは思ってもみなかった。だが、これは好都合だった。
この魔法陣は魔導書に載っていた龍王結界の術式に酷似している。でも、何かが魔導書に載っている術式と明らかに違かった。
別に魔法陣に秘密があるわけじゃない。
そもそも魔法というのは術式という式を脳内でイメージして事象を魔力というエネルギーで発現させているにすぎないのだ。極論を言うと火をイメージすれば火が出るという風な感じだ。
だから、詠唱したり魔法陣を書いたり儀式をしたりしても発現する魔法は変わらない。
でも魔法を発現させるには世界の理を深く理解していないといけないのだ。
だから龍王結界を扱えるものは少ないのかもしれない。
なぜなら、この魔法陣の術式は既存の大多数が知っている術式とは大きく違ったものだったからだ。空間魔法の術式にも似ているのだが、それともまるっきり同じではない。
思案した結果、魔力の流れを探ってこの術式の理を知らないと龍王結界を習得することは絶対にできない。その結論に至った僕はどうしてもこの魔法陣の術式を解読したい気持ちに駆られ、いてもたってもいられずに魔法陣の術式を解読しようと魔力の流れを探る。
すると、魔術が失敗したときに発生する火花が魔法陣から発生し、次の瞬間には消えてしまった。
「誰だ!!儀式を妨害した者は!!」
大神官の怒号が儀式の間に響き渡る。拡声の魔法を発動させたままだったのでかなり耳が痛かった。
他の神官達も大慌てで犯人捜しを始めている。
魔力を探知すればすぐにばれてしまうと悟った僕は、
「すみません、僕がやりました・・・」
自分から名乗り上げることにした。
「なぜこんなことをした!!」
大神官は鬼のような形相で近づきつつ、僕に向かって怒鳴って来る。
「この大儀式は、この王都の地下に封印してある邪神龍を封印するための儀式だ!成人年齢に達した貴族の子息の魔力を利用して龍王結界を発動させる最重要の祭事!それを妨害したとなると貴族の子息といえど国家転覆罪で処刑だ!!」
両脇から神官に二人がかりで持ち上げられ、
「牢に連れていけ!!」
大神官の命令で僕は儀式の間を後にした。
そして現在、ベッドと洗面台、便器が揃った独房のベッドで僕は寝ている。
今頃、実家のほうに緊急の便りが届いているなとのんきに考えていると、看守が僕の檻の前で止まるのが足音で分かった。
何事かと体を起こして視線を向けると、看守の格好をしたウィルが不敵な笑顔でこちらを見ていた。
「ウィル?なんでこんなところに?」
僕は驚き半分で檻まで近づいてウィルに声をかける。
「ヒースが明日国家反逆罪で処刑されるって聞いて、いてもたってもいられなくてこんなとこまで来ちゃった」
鍵を開けてウィルは笑いながらそんなことを言うが、罪人を逃がすってことは極刑に処される可能性が高いはずだ。
「俺を逃がすってことはお前も国に追われる立場になるってことだぞ!」
いいのかと聞くとウィルは、
「わかってる。でも、俺はヒースと一緒に居たいんだ。今回のことで極刑に処されることはないらしいけど、ヒースと長い間会えなくなるくらいなら俺はお前と駆け落ちすることを選ぶよ」
ウィルは僕を固く抱きしめて耳元で囁く。
まるで昔読んだ恋愛小説のようなシチュエーションに僕は恥ずかしさのあまりに顔が真っ赤になるのがわかる。
これはあれだ。
最近庶民の間で流行っているといわれているブロマンスってやつだ。
断じてこの流れで僕がウィルに恋することはない。
いや、まぁなんだ。
ウィルが助けに来たのはうれしいのだが、さっきウィルが言ったように明日の裁判で有罪判決を受けても五年の禁固刑で済むっていうのは看守から聞いていた。だから、ウィルが助けに来ないほうが良かったかなぁなんて思ってしまっている自分がいる。
しかも、ウィルが助けたことによって僕の刑に今回の事が上乗せされたら今度こそ極刑になってしまうかもしれない。
「ありがとう、助けに来てくれてうれしいよ」
本心を心にしまい込んで笑顔で僕は言った。
「えっ、あっ、うん。じゃあ、行こうか」
心なしか顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしているウィル。
ちょっ、これはない、ない、ない。絶対にないから!!
不覚にも少し可愛いと思ってしまい、内心パニックをしつつも顔には絶対に出さない。
そして僕は竜破祭の夜にウィルとともに駆け落ちすることとなってしまったのだ。