第1話
煌びやかな明かりを放つ表通りの賑わいを大聖堂から眺め、僕はため息を吐く。
王都にあるイシュトヴァ―ン大聖堂は王城よりも大きく作られており王都全体が見渡せる事もあって観光客に人気なのだが、今日は年に一度の竜破祭が行われるということで関係者以外は立ち入り禁止になっていた。
「ヒース、溜息なんて吐いてどうかした?」
窓際の椅子に座っている僕に聞き覚えのある声が投げかけられる。驚きもせず振り向くと、扉近くに立つウィルと目が合った。
「儀式が始まるまでは部屋から出てはいけないと司祭様に言われただろ?」
こちらに近づいてくるウィルを咎めると、
「固い事言うなよ。愛しい許嫁に会うためならどんな障害も乗り越えて見せるぜ!」
冗談を言いながら抱き着いてくる。
「ちょっ、やめろ!離せ!」
大体いつもウィルはこんな感じだが、どうにも最近は昔に比べてスキンシップが激しくなった気がする。
原因は一年前の僕の誕生日に僕の両親とウィルの両親が僕たちを許嫁にしたことが切っ掛けらしいがどうにも腑に落ちない。
どうせなら可愛い女の子の許嫁が良かったのだが、貴族の事情とやらでこの国では貴族同士の異性婚は許されていないので必然的に同性婚が推奨されてしまっていた。
子をなす場合のみ貴族の男性は女性に触れることを許されるのだが、数名の監視者に監視されながら事に及ぶという羞恥プレイに耐えながらだと僕だったら快楽に集中することもできずに記憶にも残らないだろう。
「なぁ、ヒース。なにか考え事?」
この国の誰得な法律に恨みを覚えいると、心配そうにウィルが声をかけてきた。
ウィルと僕の体格差は同い年にも拘らずかなりの差があり、腕力では到底かなう事は出来ず抵抗らしい抵抗も出来ないのでウィルに後ろから抱きしめられたままだった。
「いや、別になんでもない」
本当はこの後に行われる契約の儀式の事を考えて憂鬱になっているのだが、いちいち伝える事でもないので伏せておく。
「そう、ならいいんだけど・・・それよりさ、ちょっと大聖堂を抜け出して表通りに行かない?」
結果から言うと僕はウィルの提案に乗ってしまった。
ウィルの得意な中級風魔法のステルスで姿を隠し僕達はまんまと衛兵の目を欺いて大聖堂を抜けだし、多くの人々が行き交う表通りへやって来た。
ステルスを解いて表通りを面白いものがないかきょろきょろと見渡しながら歩いていると、周囲の人間にやけに注目されていることに気づいた。
初めは理由も分からなかったが見世物小屋の前を通り過ぎた時、真っ赤なワンピースを着たおさげの女の子が「お兄ちゃん達の着ている服、貴族様の服みたい」と言ってきた事で自分たちの服装が原因だったことに気づいた。
確かに僕もウィルも竜破祭のために両親が特注で作らせた儀式用の礼服を着ており、見るからに貴族の坊ちゃんと言った格好をしている。
「なぁ、ヒース」
ウィルがこちらを振り返り暗に帰ろうと視線で訴えかけて来る。
ウィルの言おうとしていることは薄々理解できたが、ここまで来たのに何もせずに戻るのも嫌だった。着替えれば問題ないのかもしれないが、魔術の施された特注の礼服は儀式が終わるまで脱いではいけないと両親にきつく言われていたのを思い出す。
「そうだ。僕の幻術でカモフラージュすれば良くないか?」
そうウィルに提案するとそれは妙案だとでもいうように暗がりに僕を引っ張る。
「さぁ、やってくれ」
表通りからは見えない路地裏にやってくると控えめにウィルは言う。
僕は頷くと、さっき見た一般人の格好を思い出しながら少し強めに幻術を施した。これなら上級魔導士でも熟練の魔導士でない限りはそうやすやすと見破ることは出来ないはずだ。
「よし、じゃあ行くか」
自分にも幻惑魔法を施し、意気揚々と歩き出すウィルに僕は一抹の不安を感じつつ後を着いて行った。
王都といえど貴族の子息が護衛も付けずに城下町を散策することは滅多にない。
貴族街のほうが質の高い店が揃っているのでよほどのことがない限り城下町にやって来るもの好きはいないが、僕とウィルは王都にやって来ると両親と護衛の目を盗んで頻繁に城下町にやってきていた。
そんな僕たちには絶対に立ち寄る店がある。
表通りから外れた路地裏の一角にひっそりと佇む一軒の喫茶店、エルフのオーナーが切り盛りしているこの店は、貴族街にある喫茶店にも引けを取らない高級な茶葉を格安で提供するという有名店だ。
「クレアちゃん、久しぶりにやってきたぞ!!」
店の扉を開けると同時に大きな声でウィルは言う。
店に入ると途端に僕の幻惑魔法が霧散してしまい元の格好に戻ってしまう。
「そういえば、この店って結界が張ってあったんだっけ?」
ウィルの後に続いて店に入りカウンターに視線を向けると、メイド服を着たクレアと視線が合い声をかける。
「そうよ。城下町の中でもここいらは治安が悪くてね。店内じゃあ魔法が発動できないように結界を張らせてもらっとるよ」
クレアはウェーブのかかったハニーブロンドを腰まで伸ばし、豊満な胸とさすがはエルフというべき美貌を持つ清楚なお嬢様のような容姿をしているのにこの路地裏を含むここら一帯を支配している元締めをしているためか変な喋り方をする。
店内には客は一人もいなかったが、何も儲かっていないわけではない。
今日は竜破祭で表通りに出店を出している関係で、今店にいるのはオーナーのクレアだけだった。
「今日はこっちの店は休みなんだけどもねぇ」
カウンター席に座る僕たちにため息とともにクレアは言う。
「出店のほうは人が多かった。だからこっちに来ただけだ」
一応、出店のほうにも行ってみたが、かなりの人数が順番待ちをしていたので時間がない僕たちはダメ元でこっちに来たわけだ。
「俺たちは儀式が始まるまでに大聖堂に戻らないといけないからなぁ。それより、精霊の涙を一つとドワーフクッキーを一つ」
お冷で出されたレモングラス入りの水を一口飲み、ウィルは言う。
「僕はチョコミルクとスノーホワイト一つずつ」
僕もウィルに続いて注文すると、
「はいよ。ちょいと待ちな」
クレアはそういって店の奥へと向かった。
クレアが店の奥へ消えた後、僕はすることもなかったので店の入り口とは反対方向にある本棚へと向かう。そして、一冊の本を手に取った。
題名も書かれていない真っ白なその本は厳重な封印が施されており、いかにも訳ありというのが見て取れる。
うちの実家にも似たような訳ありの魔導書が何冊かあるが、こんな誰の目にもつくような場所に置いてあることが不思議でしょうがなかった。
封印がされているってことは害があると判断されたから、本当ならば誰の目にもつかないように厳重に隠さないといけないのだ。
僕は真っ白なその本を本棚に戻し、席へと戻る。
「この店に来るといつもあの本を手に取るけど、気になるの?」
ずっと見られていたのは気づいていたが、いつものことなので特に気にしてはいない。
「あぁ、何が封印されているのか少し気になっただけだ」
エルフの持つ封印の書、一体どんなものが封印されているのかすごく気になる。
封印の書に一番多いのは凶暴な魔獣を封じ込めたものだ。だが、魔獣を封印した本はどんな魔獣が封印されているのかわかるように表紙に魔獣の名と絵が描かれている。
となるとこの本に封じ込まれているのは失われた古代魔法の可能性が一番ある。なぜならこの店のオーナーのクレアはエルフの国『アルフヘイム』の女王だった人だ。
『アルフヘイム』は今から二十年くらい前に竜王国が攻め滅ぼしたエルフの王国で、歴史書ではエルフの女王が竜王国に対して宣戦布告をしたことによって開戦したらしい。結果は竜王国の圧勝でエルフは手も足も出なかったのだとか。
「ほらよ、さっさと食って帰ってくれ。店を閉めて出店の方に応援に行かないといけないんでね」
店の奥から文句を言いながらクレアが出てきたので思考を一旦中止する。
「もぅ、クレアちゃんはいっつも一言多いんだから」
クレアの文句に明るく返すウィルをクレアは一瞥しただけで返事をしなかった。
一番初めにこの店に来たときなんかはウィルがクレアをしつこく口説いたせいで出禁にされかけたが、少し多めにチップを払って謝ったら快く許してくれた事があった。
あの時からこの二人の関係は進展していない。
僕はせっかく作りたてを出してくれたのに冷ましてしまっては申し訳ないので、僕はチョコミルクを一口飲む。やっぱりここのチョコレートは貴族街にある高級店のチョコレートよりもおいしい。甘さは控えめだが芳醇なカカオの香りが病みつきになってしまうのだ。
次にスノーホワイトを一口食べると、ふわふわがすぐさま口の中で溶け幸せな味が口いっぱいに広がった。
「うん、おいしい」
いつも通りにおいしいこの店の甘味は貴族街に店を構えても文句はでないほどだ。だが、貴族街には一部を除いて異種族が入ることは禁じられている。
たとえ今は無き『アルフヘイム』の女王であってもだ。
「そりゃあよかったよ」
まるで自分の子供を見つめる母親のように優しげな笑みを向けながらクレアは言った。
そういえば、15歳位の見た目ではあるがクレアって結構年寄りだったはずだ。子供も何人か産んでいるし竜王国に『アルフヘイム』が攻め滅ぼされる前までは今のような少女のような姿ではないと聞いている。
今のような姿になったのはこの国の賢者に魔力の大半を封印されたのが原因らしい。
「なぁなぁ、クレアってなんでこの王都に住み始めたんだ?」
クッキーを頬張りながらウィルがそう聞くと、
「理由は無いよ。亡国『アルフヘイム』にいても虚しくなるだけさね」
そう言って何かを思い出すようにクレアを遠くを見つめていた。
食べ終わった僕たちはそれぞれお金をカウンターに置く。
基本的にこの店はお釣りを返すことがないのでお釣り分はチップという扱いになっていた。だから他の人たちは支払額に極力近づけるかぴったりの値段を出すものだ。でも、本来なら店がお休みだったから迷惑料として少し多めに置いといた。ウィルもそうらしく二人合わせるとチップ代だけでかなりの額だった。
「クレアちゃん、お店お休みなのにありがとう!!」
ウィルはそれだけ言って店を出ていく、
「じゃあ、また来る」
僕も一言告げてからウィルの後を付いていった。
「またきな、太客は大歓迎だ」
クレアの声を後ろ手に聞きながらゆっくりと扉が閉まった。
すぐさま幻惑魔法をウィルと自分の二人に掛け、ウィルに風の加護を掛けてもらい僕たちは急いで大聖堂へと向かうのだった。