9月29日金曜は日テレでラピュタ
久々にラピュタを見ると楽しい。
9月29日金曜は日テレでラピュタ
なんか小説家を目指してから見る初のラピュタ。そもそも地デジ化大画面で
みるのも初めて。ブラウン管のテレビで見ていたころと違うからか頭の調子がいいからか、
映画館で見たときの観客の反応を思い出した。
ここでみなさんどよめくとか。
今回の見直しで驚いたのは 何度も直したんだろうなとか、この辺のパズーは高校生以上
くらいなかんじだから、シータは3-6年くらいとらわれている感じだったけど
それだとイメージされるものが良くないってことである程度そのあたりの絵がボツに
なったとかそういう印象を受けた。うまくかけていたところは残すとか。
むりにつながっている印象のところは、無理につなげたんだろうなとか。
要塞とロボのあたりから一気に面白さが別世界になるから、
このあたりからの後半を必死に練り直したのだろうな。
予算があったら前半も直したのかも。
あと音楽。音楽がだれにとってもすばらしいのでそこに注意を集中して
なんどもなんども直したのかも。
監督の能力の限界まで頑張った感じ。
もうつかれたなというところで この仕上がり。
カリオストロも音楽が良かった。けどビジネスとしては失敗だったところから
10年くらい練り続けた感じのナウシカとラピュタ。っていうか
ナウシカがあるからせいぜい何年かねったかんじのラピュタ。
天才が何年も練ると わりと名作に。
海賊が冒頭からいるからわりと主役側の海賊。
声優の名前でも3番目ドーラ 4番目ムスカ 本名ロムスカなんとか
子供が見ると悪い奴対悪い奴だけど なんで海賊と主人公は仲良くするのか謎だった。
けどだんだんそういう初期の感想は意識から消え去り、すべて意識から消えていくというか
いつものことになっていく。
ムスカのセリフはいい。毎回いいと思う。残忍なところも突出している。
パズーとシータが相互に初期から信頼関係を作るという演出が鳩によるというのも
ああ。っておもう。
手を握り合うっていうのがきっとどきどきするような演出だという気がする。
ずっよラピュタの続編ってみたいとおもっていたけど
作者の中ではで ドーラとムスカとラピュタの空中都市とゴリアテが重要とすると
続編とかないんだなってわかった。
ガンダムでいうところの・・・・足なんて飾りですよのジオングの足のようなものなのが
パズーとシータ ってそこまででないか。
ジオングとは・・・・ ガンダムの敵方のシャアの載る最後の機体でこれがガンダムを倒す。
足のあるところにロケットのエンジンのようなのがあるとおもってくれるといい。
そうそうわりとイメージ的に パズーとシータの物語と思っていた俺は本編が始まらない
かんじがしていたのかもしれない。ドーラとムスカの物語ならあれでおしまい。
そうだ。ほんとそう。うーん自己を作品に投影してしまうというよくある心理学的ないろいろなのだな。俺的には、ムスカにごみのようだといわれてしまう人々が味方で、ムスカになりたいと思うことはないのだけど、英語が読めるようになっているときに英語の本を読んで
読める読めるぞと思ったのはすこしムスカに共感できたことだったなと。
そうそう昔の視点を取り戻すと、この機体どうやって飛ぶんだ飛ぶわけないという
意識をひさびさにもった。ほんと頑張っても飛びそうない。
あと冒頭に近いところの 古代の生活のようなかんじってナウシカでもあったけど
あの演出というのはいい。古代に繁栄した何かがあったのはいい。
そうそうアニメ雑誌アニメージュを買っていて、巻末にナウシカ原作の漫画があって
それが脅威の画質で、すごかったのを思い出した。すごい時代を提供してくれて
ありがとう。
そうそう古代ローマの色々な本を読んだ後になると、いろいろわかっているようで
人類のほかの人がわからないこともわりとわかっている一方、
ナウシカや、ラピュタを作るという方向に行かないので、なにをどうすると
ラピュタを作れるようになるのかっていう気がする。
本を読んでアニメ化していく作業を繰り返して、我々の知らない、ボツになったいろいろ
ってあったとおもうけど、そういうのがどんどんアイデアのノートとしてたまっていって
ああなっているかんじ。もとねたの映画次第なところもある宮崎アニメ。
大規模掲示板にもとねたにされたものがたまにかいてあって、
昨日も知らない漫画が2つくらいかいてあったけど 立ち読みできる本屋で
少し見たような気もする。すごくモノがあふれた時代。でかい本屋が東京には
いっぱいあってでかけていくと知らない本がいっぱいの時代。
そんな80年代らしいかんじの作品なのでああなのだなと。
俺が古代の色々がわかっているといっても 80年代の本屋のすごさのほうが
ずっとすごいっていう気もするから、あれは楽しい世界だったという
それだけで済ませないのも大事。
っていうかそういう基盤となる本があって ファミコン・PCエンジンCDROMROM・スーファミ
・サターンとPSとPS2とかのいろいろな作品が出たのだという気もする。
本だけでなくて美術の専門学校とか増えてたし。教えるって大事だねと
自分でやれるってのも思い込みって気もするから教材とかを提供されるだけで
伸びる要素も違う気がするし。
そうそうゲームもラピュタを目指してがんばったけど ファミコンのころはしょぼい
飛行船のようなのが地球からぴゅーって空中に出ただけで大喜びだったなと
ファイナルファンタジーの2か3をやっておもったのを思い出したけど
ここまで3D画像が立派になる世界が来るとは思わかなった。クリエイターたちは
がんばったものだ。ありがとう。ありがとう。
ここまで2267文字とか表示されているのでせっかくだから5000文字を目指す。
ラピュタの映画公開とともに売られた飲み物があってそれがまずかった
コンビニで買ったとか、作品の刺激によって思い出す。
っていうか大画面地デジだから、思い出しているのか、
そういうのもよくわからないけど。
おそらく、刺激と記憶の想起の間に、記憶を想起させる強さとか広がりに違いがあるという
のがあるとおもう。このへんに何かすごい要素があるとおもうけど、
見てすぐに寝ると、たしかによく覚えているってのもあるけど 反復することが
大事というのは本当で、
ムスカの声の寺田農ってのこれであってあるかっておもうけどぐぐって確認
てらだみのりとでる。
初井言榮はつい ことえ というドーラの声の人もWIKIPEDIAみても何も感じないというか
昨日まで気になってなかったというか。
このネットの時代って雑誌とか読まなくて情報が得られるけど
その手間がたいへんなので結局情報不足な気がする。
禅の修行僧の本を読むと結局本がたくさんあると分かる人になって、
本がないと分からない人で人生を終えるとわかってみると、考える力にこだわった
俺の人格もいよいよ敗北確定のような衝撃を受けるというか、
本がたくさんあることには個々人の努力は及ばないという気がしていて、
本がたくさんある家に生まれるだけで成績がいいというのはこのへんからもわかるというか、
すべてはDNAとか遺伝子とか裕福とかそういうのでなくて
本がたくさん家にあるかどうかが人間の力を作るという、そういう結論。
図書館から借りて読んでもいいのですけど、そうしていたという東大首席の人の書いた
東大首席弁護士が教える7回読み勉強法 のひとがわりとそこにも限界があるって感じで
家に本があるってのにはとても及ばないのかもしれない。
あ、でも本が書けているし、本が書けてないよりずっとすごい、優れているし。
禅の限界というか公案という禅の人のやる問題を自分で解くという習慣も、
すごくない気もするけど、禅の人の本を読むと急にわかることも多いので、無駄でない
のははっきりしている。禅僧白隠についての本を読むと、本人の不健康・栄養不足と
他人の働きとそれによる不幸ってのはわかるようになるから、そういうのがわかるように
なるっていうのは大事。はいはいここであなたがいまラピュタの話をもっと読みたいと思ったら自分でも書くといいねと。
ああ ドーラの声のひとが死んでしまうとラピュタの2も作れないということで。
健康って大事。医学って大事。とりあえず、白隠から学ぶのは体操のようなのでの
血流の改善と、バターとチーズ。
現代のわれわれは、テレビもあって教科書もあって学校もあったので
容易にタンパク質・脂質・ビタミンA ってのを知るけれど昔の人は
がんばってもそこにたどり着くことはなく、その一歩手前くらいでなんとかしていた。
現代のわれわれの健康って、わりと工場で合成できる栄養素によっている気もするから、
でもバターとチーズも運動とかしないでいると血流を阻害するかもしれないので
ある意味それが人生をわける気がするから、賢者がそういうのを操って
伸ばしたい命は伸ばし、伸ばしたくない命は縮めってのをやっていた気がしてきた。
家康は自分で薬をごりご道具でつぶして生薬を取っていたし。丸薬も自分で作って
与えることもしていた。
そうそう家康の土地の色々を試してみたら体調がいいしこうやっていろいろ書けているのを
考えていると、アミノ酸を豊富に含む色々を取ってみるといいというか、
昨日読んだ本にも、赤みそと白みそではアミノ酸量が違ってことで
味噌はそもそも戦国時代にひろがっただけに、そのアミノ酸で、
傷の回復、トレーニングで傷んだ体を
癒したと思うから、名古屋=三河の国の食事を真似るっていいかも。
アミノ酸飲料をたくさん飲んだのも去年から今年の変化したところだし。
侍の力=味噌。
そんな気もする。ここまで3869文字もう少し頑張ろー。
糖分補充。
5:55。5が3つ並んでるし。
ごーごごー。
人間の浅い呼吸だと10-15%しか肺の空気は入れかわらないけど
クジラは一度の呼吸で割入れ替わるので深く潜っていられるという。
昨日読んだ雑学の本はこれと味噌の話しか覚えていない。
こ、これが図書館の本の限界。家にある本なら何度でも読むしそうすると覚える。
図書館の本ではそうではない。本の売り上げ増はやはり国力の増進・記憶量の増加である。
将来の政府は、この点を考えた政策をせねばならない。そうしないとだめだ。
でも図書館の本も一回接しないよりはずっといいので、ずっといいと思うし。
ないよりあったほうがいいけど、やはり文明を興すには印刷術が必須。
古代ローマ人も筆写していては古代ギリシャ人に到底及ばないのも納得。
でもローマが勝ったことを考えるとローマには勝つ要素がいっぱい。水道とか。
風呂とか。健康が大事。考える力は健康から来る。
いやむしろ逆かもしれない気もする。
病気と死が、知識を残し伝える圧力になる気もする。
そうそう宮崎アニメには、出版も印刷も図書館も出てこないし。
ドラクエとかのRPGだとそこは違って、家に入っては本だなとかの本を読むと
1行とか3行くらいの何かの知識を得るし。
アニメは本質ではないというのはそういうところにあるのかも。
パズーもシータもバルスで終えるし。せっかくの文明を残すことはできなかったのかって。
交渉と知力でいくらでもあとからラピュタなど取り戻せるのに。
っておもうけど。
シータとパズーは育ってもそういう感じにならない気もするけど。
とここまで考えて、やっとシータとパズーが間違っているというのがわかってきた。
日本中で間違った方を指示いているのが多いってのが80年代以後って気もするし。
ああでも力を間違って使ったという呪われたイメージが必要なシータの一族。
シータも間違え、ムスカも間違えるってことで。それで物語はいいのかも。
っていうか、今年の農業はやばいけど来年から減反にたいして政府が払う金がなくなる
みたいなのって影響すると思うし。今年はちょっとコメが高いけど来年は下がると。
青森のコメができてないってのが報道された昨日。今年は長雨。新記録も出た。
本来は凶作。ここで選挙してもいいかも。なんといっても野党で国会で首相に質問している人が 元検察官で不倫しているっていう、さすがに新党首前原もも解党が必要と思うところ。
だいたいこれであってると思うけど違うかもしれないけど、ほんと前原党首の気持ちになって考えるって大事。前原と都知事の会談は、この不倫元検察官議員の報道の前に、
週刊誌による大きな報道で各党の支持率が変化するたびにあったと推定してもいいかも。
左と都知事が結ぶのはしっかり切って、あれ新党の名前がでてこない・・・希望の党だ。
希望の党の立候補者が過半数に足りないのは、公明が関ヶ原の小早川秀秋のように
裏切るという結論だというのは見えた。多くの人が映画関ヶ原(岡田准一主演)を見て
その影響で試行するというのまで読むと、公明が裏切るのは確定だなと。
公明が裏切って 希望の党・公明の連立。
これで左翼を抑え込んで、黒幕の国も満足。
日本の右傾化として、日本攻撃のためのフラグが立つのを黒幕の国とそうでもない国も
それで何かを発動。ここまで考えるとやはり希望の党を壊滅させるために自民を後押しするのが大事。
ラピュタもそうだけど、希望の党もそうだけど、民進の不倫する元検察官の議員もそうだけど、シータ・小池・山尾 の女性の災いが日本を動かしている。
山尾志桜里 やまお しおり
名前をいくら見ても不倫をして民進を壊滅させるとは到底思えない。
ただ、桜の里を志すって何だろう。とひとつ考えさせるってよくないね。
ああでも なんとかの山桜かな ってかんじで詩を覚えるのが得意→記憶力伸びる→
司法試験まで楽に → 勉強過多の反動が中年になると出るとまで占い師が予想してもいいかも。
デゥシータ・トエル・ウル・ラピュタ。っておもっていたけど
シータ 本名でぐぐると リュシータ・トエル・ウル・ラピュタとでた。
何十年も間違っていたけど 気にしない。
アニメ界もいろいろな本名の人と書いて、日本人の心を動かしていた気もしてきた。
脱産業ってかんじで謎のアニメ ラピュタ。
英語だと キャッスルインザスカイで そのまま天空の城って名前だから
天空の城にいくだろうなってわかってしまうので 驚きも何もない感じ。
外国の評価もそれなりなかんじになるし。
さて10月から12月までの新アニメがBS11などで始まるので
それが楽しみな今日この頃。
3か月ごとに2週間ぐらい見るアニメを選ぶために時間が不足して、
3か月ごとの終わりにはどうも時間に余裕が出るというかんじ。
そんなひとがいたら、その人はアニオタかドラマが好きな人だ。
5840文字。
アニメとかドラマとかいろいろなものの社会への悪影響もいっぱい。




