ドラクエのスライムの形は高野山の伊達政宗の墓というか慰霊塔からきている。
ドラクエってわりと日本と戦っている気がする。
そもそも教会で復活するのが謎だったし。
全国のドラクエファンに言いたい。
タモリのブラタモリの9月16日分の高野山(2)で伊達政宗の墓といういうか慰霊塔の上のところがスライムの形だった。
スライムの形はこれが元ネタ。
っていうかあれドラクエってキリスト教的文化だから、仏教の空海の高野山とかそこにある
いろいろなデザインは敵のイメージってのはあるだろうから、
まず最初の敵が伊達政宗の墓というか慰霊塔というかのデザインってことで
ぐぐるかするといいっていうか ドラクエ9のメタルスライムが重なったやつを
何度も倒したのを思い出したけど、そもそもその墓のデザインからきている。
っておもったのはわりと全国で俺だけかもしれない。
たまたま読んだ 人の認識についての本で、バスケットボールをパスしている
映像が出るのでパスした回数を数える様にと言われて数えていると
ゴリラのきぐるみをきたひとがとおっても半分は気が付かないという話で、
これは ポイントは見えている人が見えてない人がいることに気が付かないというのが
割と重要。バスケの選手は気が付きやすいというのは彼らが相手を見なくてもパスできる
とかパスの回数を覚えるとかに慣れているからだと思うけど
この、ほかの人に見えていることが自分に見えないことがあるというのは
能力に関係なく誰でも起こるとか、
ゲームで周辺の視野で見えるものが2倍になるとかの効果とか
いろいろ研究が進んでも、そもそも心構えのようなのがないとみているものに
違和感があっても近くしないというのが人間なのかもしれない。
俺はわりと子供のころから ほかのひとにわからないことがわかるとおもっていたほうなので
同じ話を二度聞くと、二回目の時には余裕が出るのでその反対とかまで意識が回るので
余分に考えるほうだっておもうけど ほとんどのひとはそうでないし。
大事なことは なにかがわかったらみえたらそれを他者に伝えるようにすること。
それはそうと、BS11の深夜アニメのかわいいが急に残虐なシーンになって、ああ
午前3時台に流すのはこれが理由なのかってやっとかわったっていうかんじから
次のしゅうにはわりとわいせつってのもあって ああこれが原因で午前3時台なのか
録画でないとみれない時間帯ってのはどうなんだ、アニメーターも安く働く
ことがふつうになっているというし、政治が停滞するとなんでもうまくいかないってのも
あるけどっておもった。
残忍なシーンが多いならそのぶん親切なシーンとかないとだめっておもったけど
ジャンプの死んでキャラが生き返るとかああいうのもよくない気もするけど
中学生が盛り上がっているからいいのかわるいのか。
漫画の方が面白いっていうのはジャンプそのほかの特徴だなってことで
本ももっとキャラが死んでもボールを7つ集めると復活するとか
すごい展開で読者を面白がらせるといいけど
小説ってそういうの苦手。造形にたよっている漫画と それがあまり重要でない
小説ではどうしても時代の流れで小説が弱くなっているのだろうなと。
小説といえば星新一のショートショートをNHKがアニメと実写で映像化したことが
あってもう10年近い気がするけど すごくよかった。ありがたかった。
そういう映像依存の体質というか俺の脳というか、小説で映画いている風景が
呼んでもイメージできないかんじのひとである俺とイメージできる人では
同じものでも見えているものが違うって気がしてきた。
言葉が先で、そこからいろいろ育つごとに言葉にあった映像に接していくのと、
言葉をあまり知らないで、映像も中学生ぐらいから視力低下で風景とかあまりよく見えてない
ってのは画像認識に影響を与えている気がするっていうか、
視力に地震があると記憶力に自信があるという話も、そもそもよく見えてないってのが
影響している気がするってことで、こういうのって外人がよく研究している気がするけど
日本だと誰がどうやって研究しているかもよくわからない気がする。
テレビのスタッフでそういうのがわかっているひとが研究者になったりすると
いろいろ人の認識の謎の解明に役立つ気がする。
ドラクエの謎ってあると思うけど、
それと高野山ってのもつながっているきがしているけど、割と関係ないのかも。
追加
ほかのひとの連載小説がアップされる時間帯で 3分ぐらいしか HPのトップに
表示されないのもあって 14人しか読んでいません。かなしい。でもたのしい。
尾上ってひとの番組だと、高野山の人に詳しくきけているけど
NHKとタモリとかはわりと立ち入り禁止エリアにはいれてもらえず
みれたのは戦国武将の墓たちと、弘法大師の書だけってことのようだったけど
あともう一回の放送ですごい展開って可能性も。
BSで尾上の歴史番組を録画できないとわからないところもおおいというのもあるけど
俺はついてたなうんうんと思う今日この頃。
そうそういいたかったのは、多分弘法大師の書はわりと同じものがたくさんある。
で失敗したのはわりと扱いの小さいところに送られて、それで弘法も筆の誤りと
いうことになっているというか、失敗したのを送られる人とか団体と、完全なのを見ることが
できるひとがいるということだとおもった。
弘法大師空海は、右大臣子だとおもったらいくらでも練習できるし、紙もいっぱい使えた
ってところがきっと1万時間のトレーニングが天才を作るというのにも似て
練習量が多いってのは大事。書道の紙をいっぱい使えるって大事。
古い時代ほど、格差社会。いまはそうでもなくてよかったねと。
同じのを何度でも書けるってのが大事。制限がある人と制限がない人で、
できるだけ自分は制限のない人に、自国民には制限がないようにするといい。
あとがきにあったものを本文に移して
9月23日の追加
高野山は徒歩で数時間かかるとか、
なんでこんな山にって それはあれだよ 疫病とかに対して強いから。
病人がここまでの山には歩いてこれないだろうから。そうすると感染しないって。
でも水とかはちゃんと取れていたのかな。川が流れていたと。今は舗装されていると
周りの山に降った水が集まるので山なのに水に困らない。
空海よく見つけたという場所だと。
いつも何かの建物が消失して再建されないってことで 今はそれがない分
ああ 北朝鮮のミサイルとかその他の驚異の本格化がやばいという気もしてきた。
。
山の水が集まる場所に街。
高野山2万石という江戸時代。
高野山には奈良時代から学生が集まって勉強していたという。
各お寺が大名家と契約して宿坊にしていた。それで各地から高野山に僧になる人が集まるように。
1000年以上出生率0でも寺が維持できたと。女人禁制だったし。
いま世界遺産と言われてみるとそうだった。それにしてもすごい勢いで記憶から
なくなっていく。こういうので書いてみてやっとわかった。テレビで見ても
あまりそれが記憶に残らないってのをもっと自覚して時間を使わないと。
海外人気作家が、3週間たったら作品を読み直すってのを読むと
ほんと3週間もたったら覚えてないこともおおいかも。




