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おてんば娘と一寸郷士(ごうし)  作者: 宮羽つむり
おてんば娘と椿屋敷
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周助について

作業部屋で壊れた灯籠を挟んで、長助と向かい合うお琴。長助は木の枠が折れた灯籠を直し始める。お琴は「今月祭夜」と書かれた紙が破れた灯籠と向き合う。昨日は何も書かれていなかったので、そのまま貼り直せば良かったが、今日のは貼り直した後に「今月祭夜」と書き直した方が良いのか分からない。

「あの、昨日は何も書かれていなかった紙を貼り直したのですが、この今月祭夜と文字が書かれた紙は貼り直した後、文字を書いた方が良いのでしょうか?」

作業を始めた長助に悪いと思いつつ、お琴は尋ねる。

「あ、それは貼り直すだけで良いですよ。その文字を書くのは私が後でやりますので」

「承知しました」

お琴の返事を聞いた長助は、また木の枠の修繕に取り掛かる。お琴も破れた紙を切り離して、新しい紙を貼り直す作業を始めた。

「昨日だけでなく、今日も手伝って頂けるとは……。ありがたいですが、自分が情けないです。村人もまとめられない郷士で……」

長助がふと言葉を漏らす。「事実だから隠しようがないのですがね……」と寂しそうに笑う長助になんと言えば良いのか、言葉を探すが見つからない。

「……でも、仮に長助様に文句があるのなら、こんな意地悪な形ではなく、直接言うべきだと思います。卑怯な人達に屈せず立ち向かう長助様は情けなくなんかないです!」

慰める言葉は言えないので、自分が思ったことを正直に長助に伝える。すると、寂しそうだった長助の顔が少し穏やかな表情に変わったように見えた。

「……そう言って頂けると、郷士の仕事をきちんと全うしようと思う気持ちが出てきます。……頼りにしていた弟がいなくなり、心細く思う自分がいて……」

前向きでいようとする気持ちと心のどこかで引っかかっている気持ちが長助の中にあるのだろう。一旦手を止めていた長助だが、再び灯籠の修繕の続きを始める。

周助様の事をまた話してくれた、そう思いながら、お琴も灯籠の破れた紙の貼り替えを始めた。

無言になる部屋の中。お琴は2脚目の灯籠の修繕に取り掛かる。

「長助様と周助様は仲が良いのですね」

人がいるのに声のしない部屋に耐えられず、お琴は声を発する。

「えっ」

長助は目をぱちくりさせてお琴を見るだけで何も言わない。思ったことをつい口に出してしまったのだが、まずかったのだろうか。

「……仲が良いというより、弟を頼りにしていました。父がまだ生きていた頃、裏で私が郷士の仕事の下準備をして、表に立つ父を周助が手助けするという関係が心地よく、それが丁度良いと思っていました。父が亡くなってからもそれは変わらぬものだと思っていたのですが……。弟に頼り過ぎていたのが、周助にとって負担だったのかもしれません」

長助は次の木枠が外れた灯籠の修繕に取り掛かる。お琴には弟がいなくて不安だけれど、それでも一所懸命に郷士の仕事をしている人にしか見えない。

お琴はいつの間にか、目から涙が出ていることに気がついた。慌てて涙を拭うが、長助に気付かれてしまった。

「どうしたのですかっ?あ、暗い話をしてしまったから……。すみません、女子との接し方がよく分からなくて……。こんな時どうすれば良いのか……」

長助はうろたえるばかりで、お琴に何も出来ないことを申し訳なく思う。涙を強く拭ったお琴は首を横に振る。

「だ、大丈夫です。ただ……、何で長助様がこんなに頑張っているのに、応援してくれない人が多いのが悔しいのですっ。反郷士派の人達は酷すぎますっ!」

思わず震えた声で自分の気持ちを伝えてしまったお琴は、慌てて口を塞ぐ。思ったことを言っていいとは限らないのに。

しかし、長助があまりにも優しい眼差しで自分を見ていることに気付く。

「反郷士派は元々周助に跡を継いで欲しいと思っていた人達なのです。だから、私がやること成すこと全てが目の敵なのです。今は周助がいないので、反郷士派筆頭の神主側に付いて勢力を強めています。神主側に付いても、私に対して行う邪魔は変わらないので……。だからあなた様が胸を痛める必要は全くないのですよ」

長助が告げる事実は、あまりに長助に対して酷い仕打ちだと思った。それと同時に「郷士が弟を殺したのではないか」という噂は嫌がらせの1つで、わざと流したのではないかと直感した。反郷士派はそれ位のことはやり兼ねないと思う。目の前にいる長助はどう見てもどう感じても、悪人に見えない。

「……私は大丈夫ですよ。弟が戻ってきたら、また一緒に郷士の仕事をするのですから。今しばらくの辛抱です」

「長助様は強い人なんですね」

お琴の少し口角が上がった顔を見て、長助もつられて笑う。

しばらく見合っている2人だが、気恥ずかしさが込み上げてきた。雰囲気を変える為に、違う話題を振ろうと部屋の中を見回す。

「……あっ、あれ!」

お琴は長助の後ろを指差す。指に誘われるまま、長助はゆっくり後ろを向く。

そこには1枚の書が掛けられてあった。白楽天の詩を書いた者の名は「周楽」と書かれてあった。名の下には落款にしては大きい判が押されてある。

「あの力強く癖のある字は周助様ですね。周楽は雅号ですか?あと下の落款は落款ですか?大きすぎるし、本名な気がするのですが……」

「……すごい。よく分かりますね。これは弟が書いたものです。弟は落款を持っていないので、大切な作品にしたい時は手紙に押す判を押しているのです」

「ちょっと拝見してもよろしいですか?」

「どうぞ」

お琴は作品に近付き、じっくり鑑賞する。以前見せて貰った他の作品と変わらず力強い字。落款にしている判は「市川村 周助」と陰刻で彫られてある。

この人は自分を表現したくて堪らない人なのだろうと思った。そうでなければ、こんなに作品を創らないだろう。それとも郷士という家柄の重圧に押し潰されそうになる時に創りたい衝動に駆られるのか。作品を見た時に、「楽しんで書いている」という作者の思いが飛び込んできたので、おそらく前者だろうとお琴はにんまりする。

「……あ。思わず魅入ってしまいました。申し訳ありません。これで修繕にかかります」

「あ。もうこの時間は良いですよ」

戻ろうとしたお琴は、長助に止められた。どうしたのだろう。

「もうじきという程ではないですが、お昼の時間になる前に戻られた方が良いのでは?」

長助に言われ、はっと気がつく。清隆がまだ神社にいるはずだ。何があってもいいように、神社の傍で待機していないといけないと直感で思う。

「いけない!私、行かないと!あの、今はこれで一旦失礼します。また手伝いに参ります」

バタバタするお琴の前に長助は立ち、すっと作業部屋の障子を開ける。

「ありがとうございます。見送り出来なくて申し訳ないですが、大丈夫ですか?」

「大丈夫です!」

お琴は一礼すると慌てて部屋から出て、早歩きで神社へ向かっていった。読めないお琴の行動に少し呆気にとられた長助だが、

「また来てくれるとありがたいです……」

と呟くと、静かに障子を閉めて、灯籠の修繕を始めた。

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