朝の神社
「神社に行って、神主と反郷士派の人間について調べるのは清隆とお琴、郷士の弟の交友関係を調べるのは引き続き私ね」
と、朝食時に右忠から言われたお琴は、小さくなった清隆を左肩に乗せて早速神社へ向かう。
「オイラはあちこち動いたり出来るけれど、お琴は目立つからなぁ。長居していると怪しまれるから、お前は適当に切り上げて良いからな」
突然の清隆の発言に驚く。一緒に行くのに、帰りが別々なんて変ではないか。
「え、清隆様を置いて戻ってもいいという事ですか?」
すかさず確認をとる。どういう真意での発言なのか気になるのもあるが。
「あぁ。オイラは元に戻る前なら、いくらでもどうにでもするさ。お前が無事に怪しまれずに宿に戻る事が先決だ」
お琴の事を考えての言葉ということを知り、感謝の気持ちでいっぱいになる。清隆を見ると、眉間にしわを寄せている。本当は自分が戻る手段など考えつかないのではないのかと、ふと思うが口には出せない。できる限り、戻る時も神社の傍にいようと心に決める。
「あ。そろそろ神社に着きます」
清隆に伝えると、清隆はすっと立ち上がった。神社はまだ賑やかという程ではなかったが、神社に仕える証の袴を履いた者達が忙しそうに動いているのが見えた。
「あ……」
神社の鳥居前でお琴の足が止まる。鳥居の下を箒で掃いていたのは、美寿々と共に行動していた男、寿言だったのだ。自分の顔が引きつる事に気がつくが、直すことができない。向こうもお琴に気がつくと、ものすごい目力のある形相で睨んできた。思わず足がすくんでしまう。
「何だ、あの者は。感じがかなり悪いな」
寿言の嫌な様子を受けて、清隆は負けじと睨み返す。
「……睨んだって、向こうはあなたに気がつかないでしょう。あの人が昨日話した寿言様です」
お琴は小声で早口で説明する。
「こういうのは目に見えないからこそ、気迫が大事なのだ!それに、オイラが見えていないという事は、あいつはお前に向かって睨んでいるという事だろう。それは全く面白くない事だっ」
清隆も小声だが、怒りを含んだ声で返事する。清隆が自分の為に睨んでいると知り、少し前に進む勇気が出てくる。寿言に睨まれて嫌な気持ちだったが、清隆のお陰で負けずに鳥居の下まで歩くことができた。すると、
「何しに来た。お嬢様に近付くな」
箒を動かす手を止めて、寿言がお琴達に近付いてきた。歓迎されていない雰囲気が寿言からだだ漏れしている。何と言い返そうか。清隆をちらりと見ると、清隆は顔を赤くして何か言い返そうとしている。自分以外の言葉が聞こえたらまずい。お琴は右手を清隆の前に出して、それを制止する。
「……寿言様は私に言っているので、清隆様はこのまま神社の中に入っていって下さい」
清隆にしか聞こえない様に話す。寿言は自分の方までは聞こえないが、何か言っているお琴に対して不快な表情を浮かべる。
「……分かった、仕方ない。オイラは今出来ることをやるしかない」
冷静になった清隆は肩から飛び降りると、そのまま走って神社の中へと入っていく。その背中を見届けたお琴は安堵する。そして、寿言と向き合う。
「……美寿々様は今、何をされているのですか?」
寿言にとっての1番触れて欲しくない部分にわざと触れる。「美寿々」という単語を聞いた途端、寿言は肩で息をし始めた。
「お嬢様の事はお前には関係ないだろう!お前のせいで、お嬢様はお叱りを受けたのだ!お前のせいだ、帰れっ!」
烈火の如く怒りだした寿言は持っていた箒を逆さにして、お琴の前に立ちはだかった。どうしようか悩むが、村の人達も集まる時間になるし、これ以上目立つ事は避けたい。
「……分かりました。帰ります」
寿言に言い返すのはこれが精いっぱいだった。お琴は最後に清隆がどこにいるのか探すが、もう見当たらない。静かに神社から立ち去る。
ふと郷士の家を見ると、門の前には修繕が必要な灯籠がまだ並んでいた。手伝いに行こうかな……と思ったが、まだ寿言が自分を見ている。一旦宿に戻って出直すことにした。