作戦会議
「……で。明日はどう動くのが1番得策だと思う?」
再び夕食を食べに右忠の部屋に集まったお琴と清隆に、並べられた膳の1つの前に座っている右忠が早速尋ねてきた。
お琴は右忠の質問より、目の前の膳の上に置かれてあるきのこたっぷりの味噌汁が気になってしまう。食べたいなぁ……と気を緩めたら、盛大に腹の虫が叫びを上げた。慌ててお腹を押さえるが、今度は気まずそうな小さな叫びになっただけだった。恥ずかしくてこの場から立ち去りたい気分に陥る。
「……とりあえず席に着いてから話を始めた方がいいのでは?」
清隆の気遣いが心と気恥ずかしさに染みる。嬉しいのだが、素直に喜べない。
「そうね。私だけ座っていて悪かったわね」
右忠に勧められて、お琴は気まずそうに膳の前に座る。清隆はちらりとお琴を見るが、何も言わないで膳の前で胡座になる。誰もお琴の腹の音について何も言わない。ありがたい気もするが、気まずい気持ちは残ったままである。
「さ。頂きましょう」
右忠は手を合わせて、夕食を食べ始める。斜め前にいる清隆を見ると、清隆は焼き魚の小骨を取りながら身を食べていた。自分だけいつまでも気にするのは馬鹿らしい気になってきた。
「頂きます……」
お琴も手を合わせ、夕食を食べ始める。そんなお琴を優しい目で清隆と右忠が見ていることに、お琴は全く気がついていない。
お琴が純粋な気持ちで夕食を楽しんでいる頃合いを見計らい、
「明日はどう動いた方がいいかしら?」
と右忠が話を始めた。清隆は味噌汁を啜ると、静かに茶碗を置く。魚の小骨を一所懸命取り除いていたお琴は、ほぐした身を口に運べなかったことを少し悲しみながら話を聞くことになった。
「ホオジロに弟がどこに行ったのか尋ねても、夜のうちに出ていってしまったの一点張りだったので、ホオジロにこれ以上弟のことについて質問しても答えられないと思います。弟が出ていく直前に出した手紙の手掛かりを見つけた方が良いかと」
清隆の意見を右忠は頷きながら聞いている。お琴は昼間長助の「音沙汰もなくて……」という言葉と切なげな表情を思い出した。
「あのっ。もし弟様……、周助様の手紙が見つかったら、郷士様にも手紙を読ませてあげて欲しいのですが、それはできますでしょうか?」
お琴の突然の発言に驚いた2人は互いに顔を見合わせる。
「……内容によるが、見つけて現物があれば読ませることはできる。だが、何故急に?」
清隆は訝しげだ。お琴は吹っ切るように前かがみになって、2人を見据える。
「……昼間、郷士様のお手伝いをしていた時に郷士が仰っていたのです。「何の前触れもなく突然いなくなり、今も音沙汰のない弟に怒っている」と。どんな形でもいなくなった人のことを知りたいと思うのは、家族として当然の感情だと思うんです」
清隆と右忠は「そうだな……」と頷いている。どうやら納得してくれているようだ。2人が自分の意見を受け入れてくれたことを嬉しく思う。
「……まぁ、長助殿にも弟の手紙を読ませる為にも、手紙を見つけなきゃいけないわね」
「では、手紙の手掛かりになりそうな情報を集めた方がいいということですね」
「引き続き弟の交友関係を調べてみるわ。仲の良い人が手紙を持っている可能性が高いものね」
今の状況になっても出てこない手紙。本当に傷心の長助のことを思えば、周助がいなくなった時点で手紙が明るみになるのではないか。お琴の心に嫌な予感がよぎる。
「……果たして周助様から渡された手紙を持っている人は、本当に弟と仲が良いのでしょうか?」
「お琴、どういうこと?」
「あの……。本当に周助様と仲が良くて長助様のことを考えれば、すぐに渡された手紙を長助様に読ませませんか?読ませたくないのか、読ませられない理由があるのか……。長助様が参っている今の状況の方が良いから、手紙を出さない。そうとも取れませんか?」
清隆と右忠はじっとお琴を見ている。その視線に気がつくと、出過ぎた真似をしてしまったのか心配になってしまった。
「確かに……。弟の手紙を持っている者は弟と仲の良い者とは限らない可能性があるな」
清隆がお琴の意見に同意してくれた。意見を言って良かったとひと安心する。
「じゃあ、弟と仲が良かった者だけでなく、郷士に困って欲しい者ももっと絞り込んだ方がいいってことね」
「そうですね。しかし、郷士が参っている状況を喜んでいる者に手紙が渡されたのなら、手紙は捨てられたり燃やされている可能性もあるかもしれないですね」
「その可能性も無きにしも非ずだけど、その場合は「手紙があった」という言葉を引き出させて、内容を吐かせるしかないわよね。とにかく、誰が弟の手紙を持っているか、または持っていたかを調べないと」
「では、神主を含めた神社側についた周助派について調べる為、神社に行って情報を集めないといけないですね。もしかしたら、弟の手紙を持っている者がいるかもしれないし……」
どんどん右忠と清隆とで話が進んでいく。お琴は聞き役に徹する。
「では、明日はこうしましょ」
右忠が右手の人差し指を立てる。
「神社に行って神主について調べつつ、反郷士派の人間を調べる役と、郷士の弟の交友関係を調べる役に分かれましょ」
右忠の提案に反論するものは誰もいなかった。明日の動きが分かった安心から、また皆の箸が進み始めた。




