夕食前の話し合い
洗濯をし終えたお琴は、宿の裏で洗濯物を干しながら清隆と右忠の帰りを待っている。褌は褌と思わずに、ただの布切れと思うことで何とか干すことができた。干す時間帯が昨日よりも若干遅いので、今日中に乾くかどうか心配だ。
「ただ今、戻った」
その声を聞いたお琴は、ばっと振り返る。後ろに清隆と女人姿の右忠が立っているのを見て、つい口元がほころんでしまう。
「お琴、洗濯物ありがとうね」
ぴしっと干された洗濯物を見た右忠は満足げに笑う。自分の身につける物に対して厳しく見る右忠から褒められ、お琴は嬉しく思う。
「夕食時に作戦を立てたいので、洗濯物を干し終えたら私の部屋に来て。今得た情報を共有し合いたいの」
右忠の提案にお琴は首を縦に振って答える。
「あ、では夕食も右京様の部屋で摂るということでよろしいですか?」
「その方がいいわね」
「ではお琴は洗濯物を干しているし、右京様は化粧を落としたいだろうから、私がお信さんに伝えに行ってきます」
「じゃあ、清隆に夕食の言伝を任せるわ」
3人の動きが分かったところで、それぞれの場所へと別れることにした。
「終わったら、右京様の部屋へ……」
と呟きながら、お琴は急いで洗濯物を干していた。
洗濯物を干し終えたお琴は、宿の右忠の部屋の前へとやって来た。
「右京様、中に入ってもよろしいですか?」
「その声はお琴ね」
「はい」
「良いわよ。清隆も中に居るわ」
「失礼します」
お琴は正座して部屋の障子を開ける。中を見ると、清隆と右忠が自分を迎え入れるように互いに斜めに胡座で座っていたので、2人に挟まれるように空いている場所に座る。
「遅くなってしまって、申し訳ありません」
「大丈夫。洗濯物の量は昨日よりも少ないのに干す時間が昨日よりもかかったということは……。あの子に会って話が出来たのでしょう?」
右忠は早速お琴の話を聞きたいようだ。お琴は話をしたいのだが、右忠の小袖姿での胡座はすらっと出た足が気になり、目のやり場に困ってしまう。
「右京様、足の付け根まで見えそうです」
清隆は静かに伝える。はっと気がついた右忠はめくれていた小袖で足の部分を隠して、「ごめんなさいね」と小さく笑う。これで報告できると安心したお琴は小さく咳払いを一つすると、
「彼女は神主の娘で美寿々さんと仰るそうです。郷士様の弟、周助様とは恋仲ではないそうですが、慕っていると言っていました。美寿々様の守役らしき人、寿言さんという男の人に周助様と話ができるように橋渡しをして貰っていたそうです。周助様がいなくなる前に書いた手紙のことも尋ねたのですが、手紙のことは知らないと言っていました」
とすらすらと報告した。それを聞いた清隆は頷きながら考えに耽り、右忠はお琴の目をじっと見つめている。まだ報告しなければいけないことがあったことを思い出した。
「あと、美寿々様が目安箱に投書したと仰っていました。郷士様が危うい立場に立たれているので、役人に来て貰って、役人に周助様がいなくなった新装を突き止めて欲しくて、あのような手紙を書いたそうです」
「大分神主の娘と話が出来たようだな。お琴の話を聞くと、神主の娘は弟行方不明に郷士は関係ないという見解で良いか?」
お琴の話を聞いた清隆は静かな声で尋ねる。
「美寿々さんははっきりそう言っていました。郷士様と弟の周助様は互いに尊敬しているので、流れている噂は有り得ないとも。……あと、今の郷士様が危うい立場に立っている状況を1番喜んでいるのは、自分の父である神主だと。神主は郷士と神社に二分されている村長の権力を神社側のみに集中させたいそうです」
「へぇ。一応自分の父親が考えていることは把握しているのね。その子、結構聡い子ね」
右忠は感心したようにも、小馬鹿にしたようにも思えるような言い方をする。
「……1番お琴が得た情報が今回有益でしたね。それでも私達が得た情報も伝えなければ」
清隆が話の切り口を変えた。右忠の言葉に対して何と答えて良いか分からなかったので、清隆の対応に心の中で感謝する。右忠は「そうね」と言って、お琴の方を見る。
「郷士に対して良い感情を持っている者は少数みたい。村人の多くは神主寄りだということを聞いたわ。だからお琴の話と一致しているわね」
右忠の言葉を聞いて、お琴は針のむしろ状態の中で郷士の仕事をしている長助の強さに感心する。一体どうして郷士の仕事ができるのか。同時に疑問も湧くが、情報に関係ないので一旦頭の隅に置く。
「集めた情報を元に分かったことを整理すると、弟が書いた手紙の所在は分かっていないこと、郷士よりも優位に立とうとしている状況がうかがえることと、神主の娘と弟は恋仲ではないことが分かりましたね」
清隆が端的に分かりやすくまとめてくれたので、お琴と右忠は頷くだけで特に言うことはなかった。
「……夕食時に明日はどのように行動するのかを話し合いましょ。とりあえず情報の共有は出来たから、この話は一旦終わり」
右忠の言葉に「はい」と返事をする2人。
「じゃあ、また詳しくは夕食の時にしましょう」
これで夕食前の話し合いは幕を閉じた。