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おてんば娘と一寸郷士(ごうし)  作者: 宮羽つむり
おてんば娘と椿屋敷
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神主の娘

昼食を食べ終えた3人は、早速それぞれの仕事に取りかかることにする。

「じゃあ、私と清隆はもう少し郷士に祭を通して自身について質問してみるわ」

「私は川で洗濯しながら、あの女の子を待ってみます」

お互いにやることを声に出して確認する。

「お琴。無理のない範囲で良いからな」

「承知しております。それでも精いっぱいやろうと思います」

自分を気遣う清隆に笑顔で答える。清隆と右忠から洗濯して欲しい衣類を受け取ったお琴は川へ向かう。

昨日の川辺に着いたお琴は、桶から洗濯物を取り出して川の中へ入れる。

「……あ、これ……」

たまたま手に取った褌に思わず恥ずかしくなって、手を離してしまった。すると褌は川の流れに乗っていってしまった。

「あっ!褌が……。待って!」

慌てて追いかけるが、褌はどんどん流されていく。届きそうで届かない距離にある。

「何か棒のような長いもの……」

褌を追いかけつつ、引っ掛けるものを探す。

「あ!」

前方に昨日出会った女の子がいた。女の子もお琴に気づく。女の子の手に持っているものをお琴は見逃さなかった。丁度いい長さの2本の細い竹の棒。これなら洗濯物を取れる。

「会って早々ごめんなさいっ。これ貸して!」

「え?あ……」

女の子の是非を聞かず、お琴は竹の棒を借りる。そして流れている褌を竹の棒に引っ掛けると、そのまま自分の方へ引き寄せて川から引き上げた。

「良かったぁ!あ、これありがとうございます」

お琴は褌を親指と人差し指で摘むと、竹の棒を川の水で洗って女の子に返した。唖然としていた女の子だが、「プッ」と吹き出すと大笑いし始めた。

大幣(おおぬき)をそんな事に使う人を初めて見た!」

女の子はお腹を押さえ、目に溜まった涙を拭く。

「大幣って?」

「神主が神事の際に振るう、白い紙がついた竹の棒のことよ」

女の子に言われ、大幣がどんな時に使われるか思い出す。確か祭の時や神様にお願い、祈祷の時に使うものだ。思い出した途端、自分がしでかした罰当たり行為の大きさに気づく。

「あ、あ、ご、ごめんなさい!」

頭を直角に下げて、女の子に謝る。すると女の子は「いいの、いいの」と手をひらひらさせる。

「私、郷士様の祭の準備を邪魔する神社側の人間を困らせてやろうと思って、大幣をちょっと隠そうと思っていたから。褌を引っ掛けたと知ったら、皆泡吹くかもね」

キヒヒと笑う女の子。笑い方は独特だが、美人なので可愛いと思ってしまう。

「大幣を持ち出せるということは……。あなた、神社関係の人?」

期待を込めて作る握り拳に力が入る。

「あ。私、この村の神主の娘なんです。美寿々と申します」

美寿々はお琴に向かって、ぺこりと頭を下げる。

「私はこの村に来た役人に仕えている者です。お琴と申します。よろしく……」

「やっぱり!私の投書を読んで来てくれたのね。ありがとう!」

お琴が言い終わらない内に、美寿々が喜びの気持ちからお琴の両手を掴んできた。それに驚き、頭を下げる機会を逃してしまった。

「投書って、あの、郷士である兄が弟を殺してしまったのではないかという?」

お琴が言葉を聞いた瞬間、美寿々は突然押し黙ってしまった。あまりの美寿々の変わりように、どう接して良いのか戸惑ってしまう。

「ご、ごめんなさい。私、何か失礼なことを……」

「ううん、いいの。実際そう書いたのだから……。こうかかないと役人が来てくれないと思ったから……」

今度はしょんぼりしてしまう美寿々。美寿々の言葉の読み取ろうと努めるが、難しいので直感に頼ることにする。

「あの、もしかして……。本当はそう思っていないのですか?」

一番最初に直感で感じた気持ちを言葉に出し、美寿々の反応を窺う。美寿々は小さく首を縦に振った。

「あの兄弟は対照的な性格ですが、お互いを尊敬し思いやっていたのです!そんな2人が郷士の跡継ぎ争いなんて……。少なくとも周助様ら分をわきまえておりましたから、郷士を長助様が継ぐことに異論はありませんでした。だけど、突然周助様がいなくなり、長助様が周助様を殺したのではないかという噂が流れ始めて……。周助様がいなくなった真相を調べて欲しくて、あのような投書を書いたのです。……噂が広がり、長助様の立場が更に危うくなる前に役人が来てくれたらと思って……」

どうやら美寿々は弟がいなくなった事に郷士は関係ないと思っているようだ。長助の味方がいて少し安心する。

「あ、あの……。私、美寿々……さんと周助様が恋仲と噂で聞いたのですが、本当ですか?」

変にまどろっこしく言うと誤解が生じてしまいそうなので、あえて単刀直入に尋ねる。すると美寿々は口をぱくぱく開けるばかりで、質問の答えを言わない。

「ご、ごめんなさい。言い辛ければ無理に言わなくても……」

お琴の言葉を遮るように美寿々が首を横に振った。

「これも調べるのの一環なんですものね。正直に話します」

「あ、ありがとうございます」

「……私と周助様は恋仲では……ないんです。私が一方的に慕っているだけで……。周助様は明るく朗らかな方なので、男女問わず常に周りに人がいて人気者なのです。私は寿言がいないと、周助様と話ができなかったので……」

美寿々は下を向いて、もじもじ両手の指を動かす。どうやら周助と2人きりになるよう計らいがあったようだ。村人達はその計らいで作られた場面を目撃していたのだとお琴は思った。複数の村人が見ているので、頻度は多かったのだろう。

「で、では、周助様から手紙などは受け取っておりませんね?」

「手紙?」

美寿々が首を傾げる。美寿々が知らないのなら、きちんと説明しなければいけない。

「はい。いなくなる直前に周助様は誰かに手紙を書いていたようなのです。その相手は美寿々さんかと思って……」

「……私、ではありませんね」

「そうですか……」

美寿々の答えに少々落ち込む。噂を信じ過ぎても疑い過ぎてもいけないということに、改めて気がつく。

「……その手紙が見つかれば、周助様がいなくなった理由が分かるのですか?」

「ええ……。その可能性はあります」

「……でしたら……」

美寿々が声を低くする。お琴はすかさず美寿々に耳を傾けた。

「その手紙が明るみになれば困る者が手に入れれば、まずいということですね」

美寿々の言葉を聞いて、はっとするが、体が勝手にぶるっと震えた。

「……そんな人に心当たりがあるのですか?」

美寿々は静かに頷く。

「誰なのか教えて下さい。色んな可能性を考えて調べなければいけないので、情報を下さい」

美寿々に訴える目と体に力が入る。必死に訴えるお琴に、美寿々はためらいがちに目を伏せる。しかしお琴の真剣な表情を見て、お琴の目を真っ直ぐ見つめ返した。

「……思いたくないのですが、私の父です。今の村の状況を1番喜んでいる者の筆頭です。周助様がいなくなった理由が明らかになれば、今流れている長助様の悪い噂が消える可能性があります。それは父にとって困ることだから……」

「ど、どうしてそう思うの?」

「それは、父が神社と郷士に二分されている村長(むらおさ)の権力を神社のみにさせようと……」

「美寿々様!」

美寿々の言葉を遮るように聞こえてきた男の人の声。声が聞こえた方を向くと、昨日の寿言と呼ばれた男の人がこちらへ近付いてきていた。

「大幣を隠し回って!神主様もお怒りですよ!竹はまだ隠していないのですね。良かった……」

寿言は美寿々から竹の棒を取り上げる。よく見ると寿言は大幣に付ける白い紙を持っていた。寿言は美寿々を探しつつ、隠された大幣の部品を見つけて集めていたようだ。

「美寿々様、戻りますよ」

寿言はお琴を睨みつけた後、美寿々の右腕を掴む。美寿々は寿言の腕を振り払おうとするが、びくともしないので諦めて大人しくなる。

「さ。残りの隠し場所を教えて貰います」

美寿々は寿言に引っ張られ、そのまま連れていかれてしまった。お琴はただその様子を見ていることしかできなかった。

「……褌を取るためにあの竹の棒を使ったと言ったら、烈火の如く怒られていたかも……」

助けられなかったことに対して申し訳なく思う。自分にできることは美寿々から聞いたことを清隆に伝えることだけだ。その為には美寿々が言ったことを覚えておかなければいけない。何度も美寿々の言葉を復唱しながら、洗濯の続きをすることに決めた。

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