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おてんば娘と一寸郷士(ごうし)  作者: 宮羽つむり
おてんば娘と椿屋敷
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燈籠の修繕

昼食前ということもあり、あまり遠くへは行けないと思ったお琴は、神社の前で立ち止まって考え始める。ふと向こうの郷士の家を見ると、門の前に沢山の燈籠が置かれてあることに気がついた。朝、ホオジロと会う為に郷士の家に来た時には無かった気がする。しかもよく見ると、燈籠は木枠が外れていたり、紙が破けていたりと、所々壊れている物ばかりだ。何故、郷士様の家の前に置かれてあるのだろうと気になったお琴は、更に燈籠に近づく。すると、

「あっ、あなたは……」

門から出てきた長助に声を掛けられた。何も悪いことをしていないが、動揺して慌てふためいてしまう。

「こ、こんにちは。す、すみません。ここにある燈籠が気になってしまって……」

2度も家の前で会うなんて、さすがに怪しまれるだろう……と思うが、長助は特段気にする素振りを見せなかった。

「あぁ。この燈籠達は豊穣祭の夜に使うものです。村人達が持つ燈籠の状態確認と修繕は郷士の仕事なので、家で保管していたが、古かったり壊れた燈籠は私のところへ持ってきて貰うのです」

「へぇ、そうなんですね。……え?あれ、これ……」

よくよく燈籠を見ると、新しい木枠が壊れていたり、黄ばんでいない新しい紙が破れていることに気がついた。

「大切な祭りに使う燈籠の保存の仕方がなっていないですね!これは修繕というより、保存の仕方を指導した方がいいのでは?」

「……私もそう思うのですが、それは無駄なことなのです」

長助の目の下にまつ毛の影が落ちる。

「え?どうしてです?」

「……ここにある燈籠の多くは、反郷士派の家のものなのです。私が郷士になって初めての大仕事を失敗で終わらせようという魂胆で、わざと壊したのだと思います。ここにある燈籠はもう3度も4度も直したので……」

この量の燈籠がそんな意味を含んでいたなんて。お琴は唖然としてしまった。長助は燈籠を1つ手に持つと、家の中に入ろうとする。

「え……。直すのですか?」

「はい。この仕事は私にとって大切な仕事の1つです。必ず成し遂げなければなりません」

凛とした表情で答える長助と清隆が何故か被って見えてしまった。こんな感じで清隆様も1人でやろうとしていたのだろうか。何だか長助を放っとけなくなったお琴は近くにあった紙の破れた燈籠を手に取る。

「ななら、私もお手伝い致します!何でも1人でやろうとしてはいけないと、先程私は教わりました。長助様、困った時は助けを求めて良いのです!」

長助は断る仕草をする為に出した手をすっと下におろした。

「……では、お願いしても良いですか?」

「もちろんです!」

お琴の笑顔の返事に、長助も顔を綻ばす。

「ありがとうございます、お願いします」

長助とお琴は互いに目で合図すると、家の中へ入っていった。


長助に案内された部屋の隅には、それぞれの長さに切り揃えられた細長い木材と真新しい丸めた紙の束が置かれてあった。

「私は壊れた木枠を直しますので、破れた紙を貼り直して貰っていいですか?」

つい部屋の中をきょろきょろ見回してしまうが、長助の言葉にはっと気がつくと、

「は、はい。承知しました。修繕は得意な方なので、大丈夫だと思います」

しっかり長助の目を見て返事をする。祖父から鑑定術を学んでいた頃、骨董品の保存や修復の仕方も学んでいたので、集中力と器用さには自信がある。

「では、新しい紙を燈籠の大きさに切って、糊で貼って下さい」

長助は丸めた紙の束、糊が入った小皿、刷毛、小刀を渡してきた。

「承知しました」

お琴は破れた紙の残りを小刀で綺麗に切り離し、木枠に糊をつけた刷毛を走らせる。さっさと貼り直すお琴の手つきを見て、

「……さすが領主様の命で動く方の下につく方は有能なんですねぇ……」

感心したように長助が言う。突然褒められ、お琴は紙を切る手元が狂いそうになったが、新しい紙を切って木枠に貼り直し、無事に修繕することができた。

「わ、私はこういう作業には慣れているだけですっ。有能なのはあの方達で、私は凡人です……」

言っている自分が哀れになるが、事実なので仕方ない。すると、長助が大きなため息をついた。

「……そんな事を言ったら、私なんか特別能力がある訳でなく、人望も無いのに長兄というだけで郷士になってしまい……」

まずい所を突いてしまったかも……と気づいた時には遅かった。長助は木枠を修繕しながら落ち込み始めていく。

「弟の周助の方が郷士になれば良かったと思う村人は多くいるのです。周助は協力関係でありながらも、いい意味で敵対している神社の者達、主にはお嬢様の付き人とも上手に付き合っていたので……。村人は人付き合い下手な私より周助の方に好感を持つのは当然ですけど……」

お琴はなんと言っていいか分からず、困惑してしまう。

「あ、すみません。毎日毎日周助が可愛がっていたホオジロが喉を枯らすまで鳴くもので、その声に参っている上に、この村人達の嫌がらせに近い仕打ちについ愚痴をこぼしたくなってしまいました。それだけ私は何の前触れもなくいなくなり、今も音沙汰のない弟に対して怒っているんだと思います」

長助の泣きそうなのを堪えながら笑う顔を見て、胸が苦しくなった。この人はこの人なりに苦しんでいる。

「あ、あの!私は長助様は郷士に向いていると思います!長助様の仕事に対する責任感の強さは中々普通の人は持っていないと思うので……」

あまり知らない人間から励まされても嬉しくないのでは……という考えが出てきて、段々励ます言葉が小さくなってしまう。でも、これは自分の本心だ。長助に伝わって欲しいと願う。すると、お琴をじっと見ていた長助がクスッと優しく笑った。

「……あなたに励まされると、不思議と頑張ろうという気持ちが湧いてくる。自分の気持ちを出すことができて、すっきりしました。ありがとうございます」

その時、鐘の音が聴こえてきた。何の鐘だろうとお琴が首を傾げていると、

「村の真上に太陽が昇ったことを知らせる鐘の音ですね。お昼の時間です」

と長助が説明してくれた。

「じゃあ、私は戻らないと……」

「そうなのですね。では、玄関までお見送りします」

「ありがとうございます」

2人は立ち上がり、一緒に部屋を出る。

玄関の前に着いた時、長助は突然頭を下げた。

「お礼を言うのは、こちらの方です。本当にありがとうございました」

「そんな、頭を上げて下さい」

お琴はそう言いつつ、さり気なく玄関の先の門を見る。あの門の下にはまだ沢山の壊れた燈籠があるのだろう。

「あの、また私に燈籠の修繕の手伝いをさせて下さい」

気がついたら、お琴は口走っていた。清隆と被る長助を放ってはおけないという気持ちがあるとはいえ、簡単に言ってしまったのではないかと一瞬考える。

「あ……。ありがたいのですが、あなたの主人がそれを許しますでしょうか?」

長助は突然の申し出に困惑している。当然だ。自分も同じ様にされたら、長助のような態度になってしまう。

「で、では、主人から了承を得たらまた来ても良いでしょうか?」

もしかしたら下手な情報収集よりも有益な情報を得られるかもしれない。だから郷士のところへ通わせて欲しいと言えば、きっと2人は許してくれるだろう。あとは長助が家にお琴が来ることを良しとするかどうかだ。

「……また今日の昼過ぎにあなたの主人達が祭について話を聞きに家に来ますので、私からもあなたがここに来ることをお願いしたいと思います」

長助の言葉を聞いたお琴は安心する。

「では、また」

お琴は一礼して、長助と玄関で別れた。

「……私が燈籠の修繕の手伝いをしたいのは、清隆様の仕事に必要な情報収集の為が第一の理由なんだからね」

自分に言い聞かせるように唱えながら、宿へ向かって走っていった。

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