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おてんば娘と一寸郷士(ごうし)  作者: 宮羽つむり
おてんば娘と椿屋敷
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銀杏の木

北へ向かって走っているお琴。周りは家が段々まばらになっていき、自分が行こうとしている先に山がそびえ立っているのが遠くから見える。

「……銀杏の木らしきものはないんですけど……」

道端で立ち止まり、一旦息を整える。冬ごもりの時期に入りかかっているとはいえ、まだ葉っぱは木に残っているはずだ。銀杏は黄金色の目立つ葉だから、すぐに分かるはずなのに……と思う。

「もう少し先なのかも……」

お琴はまっすぐ前を向くと、力いっぱい駆け出した。とにかく清隆様の傍にいて、清隆様のお力添えをしたい……。その一心だった。人家が無くなり、眼前に山が迫ってきた頃、

「あった……」

お琴の足が止まる。山の麓に一本の銀杏の木が立っていた。銀杏の木の周りは枯れた草花が臥しているだけで、人が隠れられそうな場所はない。仕方ないので、できるだけホオジロに気づかれないように忍び足で近づくことにした。銀杏にはまだ遠いが、風に乗ってきた銀杏の実の独特な匂いが鼻につく。どうやらあの銀杏は雌木のようだ。……実を踏まないようにしたいと思いながら、ゆっくり前に進む。銀杏に近づくにつれ、聞こえてくる清隆の声。清隆は上手くホオジロと話をしているようだ。少し安心したお琴は、もう少し近づこうと歩き始める。するとその時、草履で柔らかいものを踏みつける感触がした。それと同時に足の下から上へ広がってくる銀杏の実の独特な匂い。

「げっ……。やっちゃった……」

銀杏までまだ距離があるから、こんな所に実なんてないだろうと高を括っていた分、凹む気持ちは大きかった。

「あっ……」

という清隆の声が聞こえたと同時に、銀杏の木の枝がガサガサと揺れた。すると、銀杏から黒い影が飛び出し、北の山の中へと消えていった。あれはきっとホオジロだ。自分の直感がそう言っている。

「……行かなきゃ」

お琴は銀杏に向かって走り出した。踏み出す度に銀杏の実を踏み潰す回数が増えていくのは分かっているが、とにかく銀杏の所へ行かなければという思いで走っていく。

「き、清隆様。そこにいらっしゃいますか……?」

銀杏の木の下に辿り着いたお琴は銀杏を見上げながら、ゆっくり声をかける。もしかしてホオジロと共に山の中へ行ってしまったのか。一抹の不安が頭の中をよぎる。

「あぁ。お琴だったのか。来てくれてありがとう」

銀杏の木の枝の間から、清隆が顔を覗かせる。清隆の姿を確認できて安心する。

「あの子は近くで人間の声がしたと驚いて逃げてしまったのだ」

お琴は銀杏の実を踏んで思わず発してしまった自分の声だとすぐに察した。

「も、申し訳ありませんっ。邪魔をしてしまったのですね……」

「大丈夫だ。もう話は聞き終えていたからな。ただ……」

「ただ?」

「オイラを神社まで送り届けてくれるという話だったのだが、飛び去られてしまった……。まだ時間はあるが、元の姿に戻る刻になる前に宿に戻りたい」

清隆の言葉を聞いたお琴は、慌てて後ろを振り向く。まだ時間はありそうだが、太陽はどんどん高く昇っている。

「急いで戻らないといけないですね!清隆様、そこから降りて私の肩に乗って下さい!」

「ありがとう、頼む」

清隆は銀杏の木の枝から飛び降りると、そのままお琴の左肩の上に乗った。自分の肩のところから「トン」という音以外何の衝撃もないので、清隆が本当に乗ったのか確認する。自分の肩に腰を下ろしている清隆と目が合った。

「お琴、来てくれてありがとうな。早速で申し訳ないが、宿まで頼む」

清隆がにかっと笑う。自分のせいでホオジロが逃げてしまったのに、一言ものを責めない清隆に対して、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。だからせめて、清隆を宿まで送り届けるという任務はきちんとやり遂げようと心は中で誓う。

「清隆様、しっかり小袖に捕まっていて下さい」

「ばっちりやっている」

「では、行きますよ!」

宿に向かって全速力で走り出す。せめてこの仕事は成功させないと……と、お琴は必死になって走っていった。

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