卯木という人
椿屋敷は草萱の屋根と板葺きの庇のある主屋が敷地の真ん中にあり、主屋から少し離れた場所の右側に厠、庭の左隅に畑がある。気がつかなかったなぁ……とお琴は思いながら周りを見回していると、椿屋敷の入り口に着いた。
「お上がりなさい。一の間に案内します」
卯木が履物を脱いで、屋敷の中に上がる。
「は、はい!失礼します」
お琴も履物を脱いで、卯木の後に付いていった。
一の間と呼ばれたところは、屋敷の中に入ってすぐ右の部屋だった。
「ではお座りなさい」
「はい」
卯木に言われるままお琴は正座をして、卯木と向き合った。
「では、早速あなたの仕事を説明をします。榛名家に仕える者はかなり少ないので、お琴にはほぼ全てのことをしてもらいます。最初は私と一緒に行動をしてもらいますが、慣れてきたら1人で清隆様の身の回りの世話をはじめ、外出のお伴、仏壇回りや座敷や縁側の掃除をしてもらい、他家への使いを頼むこともあります。また、榛名家を訪ねる客人への接待もしてもらいます。それに並行して、裁縫、生け花、お茶などの女性としてのたしなみを身につけてもらいます。明日からは家で朝食を食べた後に屋敷に来てもらい、朝の仕事から夕食を作るまでの仕事をしてもらいます」
卯木にざっと説明されたが、卯木のキビキビした口調に少しビビっていたお琴はあまり話についていけなかった。
「すみません……。要はどういうことですか?」
お琴は勇気を出して尋ねた。すると卯木は小さくため息をつき、
「要は最初は私と一緒に行動をしてもらうこと。そして明日からは家で朝食を食べた後に屋敷に来てもらい、朝の仕事から夕食を作るまでの仕事をしてもらうことの2点だけ覚えてもらえたらいいわ」
と簡潔に説明した。
「分かりました。改めてよろしくお願いします」
お琴は卯木に一礼をした。
「こちらこそ、よろしくお願いします。では、清隆様にご挨拶をしに参りますよ」
卯木がそう言うと、
「その必要はないぞ」
という声が聞こえ、一の間に清隆が入ってきた。清隆は藍色の小袖袴を着ていた。清隆の涼し気な目が優しく微笑む。清隆は卯木に上座に座るよう勧められ、上座に座った。
「清隆様にご挨拶なさい」
「卯木、挨拶はしなくてよい。昨日挨拶してもらったからな。お琴、榛名家は訳あってあまり人を雇ってないため仕事が多岐に渡るが、よろしく頼むぞ」
清隆は優しく微笑んだ。静かな佇まいに涼し気な顔立ち、優しい心根の人が主なら仕えたい女はたくさんいるだろうに……とお琴は思ったが、
「今日からよろしくお願い致しします。力の限り、清隆様に尽くしたいと思っております」
と言って、深々と一礼した。
「では、私は動物達に餌を与えなければいけないので、これで失礼する」
清隆は立ち上がり、一の間から出ていった。
「ど、動物……?」
お琴は一瞬目が点になったが、パンッという卯木の一拍で元に戻った。
「では、今度は屋敷の中を案内します。付いてきなさい」
卯木はそう言って、立ち上がった。
「今日は屋敷の案内だけになりそうなので、案内が終わったらお帰りなさい」
「……!あ、ありがとうございます!」
「初日から疲れてしまっては、これから先が続かなくなってしまいますからね。そうなっては困りますので」
卯木は素っ気なく答えるが、本当は優しい人なのかもしれないとお琴は思い始めた。
そして、卯木と一緒にお琴は屋敷の中を回ることになった。