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おてんば娘と一寸郷士(ごうし)  作者: 宮羽つむり
おてんば娘と椿屋敷
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ホオジロとの会話

あちらこちらから人の声や物音が聞こえ始めた頃。お琴と清隆は長助の家へ向かっていた。

「お琴。今日はお前だけ昨日のように茂みの中にいてくれ。オイラはホオジロの近くに寄って話かけてみる」

お琴の肩の上に乗っている清隆は、落ちないようにしっかり小袖を掴んでいる。

「承知しました」

「オイラの声が届くところにいて欲しい。指示を出すこともあるかもしれぬのでな。……予想外の出来事が起きて、助けて貰うこともあるかもしれない」

清隆が自分を頼りにしていることを嬉しく思う。

「……承知しました。清隆様の傍で隠れながら、清隆様の指示を待ちつつ、自分の判断で有事の際は動けということですね」

「……要はそういうことだ。頼んだぞ」

「はい、精いっぱい頑張ります」

話をしているうちに、神社ね脇に辿り着いた。神社は3日後の豊穣祭に向けての準備で賑やかだ。鳥居の脇には山車が置かれており、山車を引く綱や山車の飾りであろうひと回り小さい米俵を神社の倉から出して運んでいる人もいれば、社に向かう参道の石畳を箒で掃いている人もいる。祭を通して、神社と村の人々の心の距離が近くなっているのが何となく見える。神社の鳥居をくぐる村人達を見て、出入りが激しいとお琴は思った。隣の長助の家が閑静な分、余計に神社の賑やかさが目立つ。

「……昨日のように茂みに隠れたら、今日は流石に村人達から怪しまれるのでは?」

「いや。さっきから見ていると、神社に仕える者達の邪魔にならぬように、皆郷士の家から離れた鳥居の脇で祭の準備をしている。それにオイラ達が隠れる茂みの横に建っている倉には誰も近付いていない。恐らく宝物殿なのだろう。オイラ達の方に近付く人間はいないに等しいと思う」

確かによく観察してみると、皆お琴達が隠れようとしている茂みとは反対の離れた場所で作業をしている。それに、茂みと作業をしている所の間にある参道の上に丁度屋根の付いた中門が建っている。中門と倉のお陰で茂みは見えにくくなっていた。清隆の観察力の鋭さに感服する。

「まだホオジロが来ていないうちに茂みの中に隠れよう」

「はい。承知しました」

お琴は素知らぬ振りをしながら神社の横を通り、茂みへと向かっていった。


長助の家からは何も生活音が聞こえてこない……と思いつつ、お琴は昨日と同様茂みの中に隠れている。清隆は昨日ホオジロが留まっていた長助の家の生け垣の上で、両足で空を掻いて座っていた。心なしか楽しそうに見える。茂みの中に隠れていると、体中が無ず痒くなってしまうお琴には清隆の待つ態度が羨ましくなってしまう。一瞬清隆に声をかけたくなる衝動に駆られたが、清隆が何かの気配に気づいて空を見上げた。それと同時に、黒い影が生け垣に向かって来るのが見えたので慌てて茂みの中に頭まですっぽり隠れた。茂みの中から生け垣を見ると、清隆もいない。どうやら生け垣の中にが隠れたようだ。

「イッピツケイジョウツカマツリソウロウ!」

長助の家の静寂を破る声。あのホオジロが来たのだ。お琴はそのまま生け垣の様子を窺う。

「イッピツケイジョウツカマツリソウロウ!イッピツケイジョウツカマツリソウロウ!」

ホオジロは一所懸命長助の家に向かって鳴いている。だが、長助の家からは何の反応も返ってこない。その時、

「オイラがお前の話を聞くぞ」

と生け垣の中から清隆が飛び出し、ホオジロに呼びかける。しかし、

「イッピツケイジョウツカマツリソウロウ!イッピツケイジョウツカマツリソウロウ!イッピツケイジョウツカマツリソウロウ!」

ホオジロは清隆に見向きもせず、長助の家に向かって必死で鳴き続ける。

「昨日と同じ言葉だな……。なぁ、お前の言いたい事をオイラが代わりにこの家の人間伝えるから!お前と話がしたい!」

清隆も必死でホオジロに話しかけるが、ホオジロに清隆の声は届いていない。このままだとまた長助が現れて、話ができなくなってしまう。お琴は何とかホオジロと清隆様が話ができる状態にしなくては……と茂みの中で考える。すると、自分の下にある数個の小石が目に入った。2、3個小石を手に取ると、すっと立ち上がり、ホオジロがいる生け垣に向かって投げた。小石がホオジロ近くの生け垣に当たると同時に、また茂みの中に隠れる。ど、どうしよう……。思わず投げちゃった……と心の中で後悔したが、再び静寂が戻ったことに気がつく。生け垣を見ると、ホオジロが周りをきょろきょろ見回している。すると、ホオジロはやっと清隆に気がついたようだ。清隆を見つけると、じっと清隆を見つめる。清隆もホオジロから目を逸らさず、お互いに見つめ合っている。

「オイラ、お前の気持ちをこの家の人に伝えられるよ。だからさ、ここじゃない場所でゆっくり話を聞きたい」

「イッピツケイジョウツカマツリソウロウ」

清隆の言葉に対して、返事をするように小さく鳴くホオジロ。清隆はうんと頷く。

「……分かった。村の北にある銀杏の木へ一緒に行く」

清隆はそう言うと、ホオジロの背に乗って、飛び去っていってしまった。置いていかれたお琴は慌てて茂みから飛び出すが、小さくなっていくホオジロを見つめることしかできなかった。

「えぇ……。どうしよう……」

生け垣の前で盛大なため息をつく。すると、

「おや。あなたは昨日の……」

縁側に立っている長助と目が合う。たった今、こちらに来たようだ。

「あ、こ、こんにちは……」

とりあえず挨拶をする。長助も頭を下げてくれた。

「あなたがここを通ってくれたから、逃げたのですね」

「え?」

「いや、何でもありません。では、私はこれで……」

長助はそう言うと、立ち去っていってしまった。お琴はちらりとホオジロが飛び去った方向を見る。

「清隆様、確か北に行くって言っていたよね……」

一所懸命清隆の言葉を思い出そうとするが、「北」「銀杏」という言葉しか思い出せなかった。3回きちんと復唱すれば良かったと後悔するが、とりあえずやることは決まっている。

「北に向かおう」

お琴は北に向かって走り出した。

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