清隆の朝食
朝食を食べ終えたお琴と右忠は、お信から頼まれた清隆の握り飯を持って清隆の部屋の前に立つ。
「清隆様、朝食を持って参りました」
清隆の部屋の前で、笹に包まれた握り飯をお琴は両手で持っている。笹から伝わるご飯の温かさと匂いが出来立てということを主張している。
「ありがとう。入って良いぞ」
清隆に促され、お琴は部屋の中に入る。
「清隆様、お待たせしました」
部屋の真ん中で正座している清隆に、すっと屈んで握り飯を渡す。
「かたじけない」
「清隆はそこにいるのね」
右忠が部屋の中に入りながら、お琴の後ろから覗き込む。
「右京様。申し訳ありませぬが、握り飯から米粒1つを取って頂きたい」
「分かったわ」
右忠はお琴の右横に来て、握り飯から米粒を取ると、人差し指の上に乗せた。
「清隆はお琴の前に居るのよね?」
「はい、います」
「分かったわ」
右忠はそのまま人差し指をお琴の膝の前に出す。
「ありがとうございます」
清隆が右忠から米粒を受け取ったが、右忠は動かずにじっと米粒を見ている。
「どうなさったのですか?右京様」
お琴は固まっている右忠に声を掛ける。その声にはっとした右忠は「いやぁ……」と言いながら頭をかいた。
「清隆、お琴。悪気がないから気を悪くしないでね。……お琴には今、清隆が米粒を食べている姿が見えているのよね?」
「はい。おいしそうに頬張っています。あ、今は言われて止めてしまいましたけど」
清隆のありのままの姿を正直に伝える。
「……私には自分の指から勝手に米粒が離れて、少しずつ欠けていくように見えるのよ」
お琴には清隆が両腕で米粒を抱えて口いっぱいに頬張っている姿が見えるのだが、右忠には米粒が勝手に動いているように見えるようだ。
「……だから清隆が見えない時は余計に清隆を助けてあげられないのよね……。それがもどかしくて悔しいわ……。清隆、この食事について悩んでいた時もそうだけど、今は小さい清隆が見えるお琴もいるんだから、これからは遠慮せずに助けを求めなさい!」
右忠は米粒に向かって、びしっと人差し指を立てる。右忠には見えていないが、ずっと右忠を見つめて右忠の言葉を真摯に受け止めている清隆の姿がお琴には見えている。
「ありがとうございます、右京様。……私は両親が死んでから、この姿になった時は1人で何とかしないといけないと思っていたのですが……。1人ではないことに改めて気付きました。これからはこの姿の時も困った事があったら、遠慮せずに助けを求めます」
清隆はにかっと満面の笑みを浮かべた。小人の時にはあまり笑わない印象を持っていたお琴だが、それはきっと1人でやらなければという気持ちから、無意識に気を張っていたのかもしれないと気づいた。
「じゃ、私はこれ食べながら村の中を回って噂を集めてくるわね。清隆はそれをしっかり食べてから、お琴と動きなさいよ」
右忠は握り飯を持って清隆の部屋を出ると、宿の隅に置いてあった柴の束を入れた丸籠を手拭いを被った頭の上に乗せた。右忠が出掛けると気づいたお琴は、見送りする為に廊下に出て正座する。
「お気をつけて、いってらっしゃいませ」
「ありがとう。いってくるわね」
右忠は優しく笑った後、握り飯をひと口食べて宿を出ていった。少しの間廊下にいたが、右忠の姿が見えなくなると、清隆の部屋に戻る為に立ち上がる。
「失礼します」
清隆の部屋の障子を開けると、
「あ、すまぬ。まだ食べ終えていない。もう少し待っていてくれ」
半分になった米粒を持っている清隆と目が合った。清隆の姿に急に愛おしさを感じたお琴は、どんな姿の時でも、変わらず清隆様を支えていこうと改めて心の中で誓った。




