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おてんば娘と一寸郷士(ごうし)  作者: 宮羽つむり
おてんば娘と椿屋敷
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次の日の朝

鳥の鳴き声が聞こえ始めた朝。人が動く気配を感じてゆっくり目を開けるお琴。

「……ごめんね。起こしちゃったわね」

隣で寝ていたお信がもう起きていた。お信はえんじ色の小袖を着ている。もう仕事を始める時間なのである。寝ている場合ではないとお琴は気がつくと、急に自分の意識がはっきりしてきた。

「いえ……。私、何かお手伝いできることはありますか?」

ゆっくり起き上がるが、

「もう少し寝ていていいから」

お信に両肩を掴まれ、お琴は横にされてしまう。そして、肩まで布団を掛けられる。

「でも……」

布団から顔だけ出して、お琴は抵抗を試みる。そんなお琴をお信は困ったように見ているが、「あ!」と小さく声を上げた。

「お琴ちゃん。もう少ししたら右京様達が起きる頃になるから、右京様達が起きたら、どこで朝ご飯を食べるのか聞いて貰えるかしら?」

そして、お信は小さく「ごめんね」と呟くと、静かに自分の布団を畳んだ。

「承知しました」

「じゃあ、私は茶屋に行って、朝ご飯の仕度をしてくるわね」

「ありがとうございます。また後で、清隆様達の言伝を伝えに伺います」

「待っているわね。頼んだわ」

お信はクスッと笑い、静かに部屋を出ていった。お琴は不本意であるが、布団の中でお信を見送った。


部屋の中に段々空へ昇り始めた太陽の光が入り始めた頃。畳んだ布団をお信の布団の上に重ねたお琴は、出来上がった布団の壁に寄りかかっていた。

「……そろそろ清隆様達が起き始める頃かしら」

「オイラはもう起きているぞ」

「えっ!?」

突然聞こえてきた声に驚き、お琴は部屋の中を見回す。

「ここだ、ここ」

声が聞こえる方向を頼りに部屋の中を見ていると、障子の下に立っている清隆を見つけた。

「え?いつから?どうやってここに?」

独り言を聞かれたと思うと、お琴は余計に慌ててしまう。清隆はふんっと鼻を鳴らし、

「つい今しがたここへ来た。暇だったから歩いていたら、お前の部屋の障子が少し開いていたのでな。話し相手になってやろうと思い、入ってみた」

と腰に両手を当て、悪びれもなく大威張りする。お琴は一瞬呆れて物が言えなくなるが、なんで勝手に入ってきて威張っているのよという思いがふつふつと沸いてきた。

「あの!一応年頃の女子の部屋なんですけど!入ってから話しかけるって確信犯ですよね」

鋭い目つきで言葉を発するお琴に、清隆はぐっと押し黙ってしまう。

「そ、そりゃあ……、勝手に入ってきたオイラが悪いけど……」

一応反省はしているようだ。

「朝には清隆様は小さくなっているのですね」

悪いと思っている様子が垣間見えたので、お琴はこれ以上追及するのを止める。

「寝ている間に小さくなるのだ。もう慣れているがな」

「そうなんですね。……あ。清隆様、朝食はどうされますか?」

「あっ……」

清隆がしまったという表情をする。

「この姿だと米粒1つで充分なのだが、そう言うと怪しまれるからな。真也が供でついて来てくれる時は、私の分も食べて貰っていたので、この茶屋の人達は私が普通に朝餉を食べていると思っている。どうしようか……」

「わ、私はさすがに2膳も平らげることはできませんよっ」

「分かっている」

清隆は「うーん……」と唸りながら腕を組む。

「朝ご飯は食べずに仕事の準備をする習慣がついてしまったとかって言うしかないですよね……」

「……朝ご飯を食べなくてもおかしくないような嘘をつかなくてはいけないな……。嘘をつくのは心苦しいのだが、この姿のことを知られる方が不味いから仕方ない……」

清隆は小さくため息をつく。

「お琴。申し訳ないが、お信さん達にお琴が先程考えてくれた理由を言って貰って良いか?」

「承知しました。お信さん達が既に清隆様の分を作っているといけないので、今言いにいってきます」

「そうだな。よろしく頼む。あ、オイラも暇だからついて行こう」

「え?」

お琴が言うと同時に、清隆がお琴の肩に飛び乗った。わざわざ摘んで下ろす理由はないので、お琴はそのまま乗せることにする。

「では清隆様。落ちないようにしっかり掴まって下さいね」

「承知した」

お琴は清隆を肩に乗せたまま、茶屋へと向かった。


茶屋に近付くと、茶屋の窓から湯気が立ち上っているの見えた。もう勇作とお信が朝食の準備をしているのだと分かる。

「失礼します」

「あ、お琴ちゃん。お2人に聞いてきてくれてありがとう」

奥にいたお信が出てきた。はっと右忠のことを思い出したお琴は、しまった……と眉を八の字にする。

「も、申し訳ありません……。右京様にお聞きするのを忘れてしまいました……」

「あら、そうなの」

「お琴。オイラがお前の部屋に行く途中、部屋を出る右京様に踏まれかけた。だからお前が尋ねに部屋を訪れても、右京様は居なかったぞ」

お琴の耳に突然清隆の声が聞こえた。

「ひゃあああ!」

清隆の不意打ちの耳打ちに、お琴はびっくりして飛び上がってしまった。

「大丈夫?何があったの?」

お信がお琴を不思議そうな顔で見ている。

「いえ……。申し訳ありません、何でもありません」

お琴は咳払いを1回する。

「右京様にはもう1度お聞きします。清隆様は朝ご飯を食べずに仕事をする習慣がついてしまったので、朝ご飯は申し訳ないですが、食べられないと仰っていました」

お琴の言葉を聞いたお信が目を見開く。

「働き盛りの男子がそれでは駄目よ!朝に食べられないのなら、ご飯にぎったものを作って包んでおくから、仕事中頃合いを見て食べるように伝えて頂戴」

「……仕事をする者は食わなきゃ駄目だ」

今まで静かにしていた勇作が口を開いた。お信は勇作の方を向いて、激しく首を縦に振る。

「お琴ちゃん。右京様に食べる場所を尋ねるついでに、清隆様にも今の事を伝えてね。頼んだわよ」

お信の迫力にお琴は「はい」と小さく返事することしかできなかった。清隆様はこの場にいるのですが……と、お琴はちらりと肩の上にいる清隆を見る。目が合った清隆は、うんうんと頷いている。お信の話に合わせろという合図のようだ。

「……では、もう一度宿に戻ります」

お琴は返事も兼ねたお辞儀をして、茶屋を出ていった。

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