寝る前
お琴とお信が宿の中に入ろうとした時、
「あれ?お琴とお信さん。こんな月が昇っている時間にどこへ行っていたのです?」
清隆と右忠にばったり会った。清隆は眉をひそめて2人を見ている。明らかに2人に対して良い思いを抱いていないと分かる。そんな清隆を見て、右忠は苦笑いを浮かべる。清隆が怒っていると察したお琴は、お信の背中に隠れるように立つ。
「ごめんなさい、清隆様。心配にさせてしまうようなことをしてしまって。清隆様達を待つお琴ちゃんが不憫だったもので……。この辺りを散歩していたのです」
お信の弁解を聞いた清隆の眉の間が広がる。お琴は清隆が怒っていた訳ではなく、夜分に女人2人が出歩いていた理由を知りたかったのだと気づいた。怒っているのではないと知ったお琴は、お信の背中越しに清隆の顔を見る。
「……あまり心配させるような行動は慎んで下さい」
「今日だけ。もうしないわ」
お信の言葉を聞いた清隆は、ほっとした表情になる。それを見たお琴は、いつもの清隆様に戻ったと思い、安心してお信の横に並ぶ。
「ごめんなさいね。待たせてしまって」
やっと会話に入れた右忠が、お琴に声を掛ける。
「い、いいえ。大丈夫です。お信さんと一緒でしたので……。あ、あの、ところで右京様と清隆様はどこへ行っていらしたのですか?」
するとお琴の問いに、右忠が顔を曇らせた。何かまずいことを聞いてしまったかしら……?と、お琴は思わず身構える。
「私は今日出来なかった武芸の修練を川辺で行っていた。この手ぬぐいを刀に見立ててな」
清隆が肩に掛けていた手ぬぐいをお琴に見せた。清隆の答えに納得したお琴は、次に右忠を見る。すると、右忠はバツが悪そうな表情をして、お琴と目を合わせようとしない。どうしたのかしら?なんで目を合わせてくれないのだろう?と不思議に思いながら、お琴は右忠を見続ける。ほんの数秒間のことだが、お琴の視線に耐えられなくなった右忠は「分かった」と白旗を挙げた。
「ちょっとした所用で……」
しかし、詳しくは理由を言わない右忠。お琴は気になったが、それ以上は聞いてはいけない気がした。
「……まぁ、この話は終わりにしましょ。早く寝たいわ」
右忠はわざとあくびをすると、宿の中へ入ろうとする。
「では、皆さん。一旦部屋の中に入りましょ」
お琴と清隆に向かって、お信が手の平で宿の出入り口を指す。お信の言葉に従い、お琴達は宿の中へと入っていった。
「じゃあ、私はこのまま寝るわね。おやすみ~」
「では、私も。おやすみなさい」
右忠と清隆は皆に挨拶をすると、各々の部屋へと入っていった。
「お琴ちゃん。私達も部屋に入りましょ」
お信の言葉を聞いて、お信と相部屋だということを思い出す。
「はい」
「じゃあ、お琴ちゃん。先にどうぞ」
お信が部屋の障子を開けると、
「あ。もう布団が敷いてある」
小さな行燈が灯っている部屋がもう眠れるようになっていることに気がつく。
「あの人が敷いてくれたのね。あ、お琴ちゃん。私、寝る前に清隆様と右京様にひと声掛けてくるから、先に寝る支度をしていて」
「承知しました」
お琴の返事を聞くと、お信は部屋を出ていった。お琴は着ていた小袖を畳んで部屋の隅に置いた後、寝間着用の肌小袖になる。
「寝る支度といっても、布団の上で待っているのは失礼だよね……」
どうやって待とうか迷っていたが、結局畳んだ小袖の横で正座してお信を待つことにした。
障子が開き、お信が部屋の中に入ってきた。
「あれ?やだ、お琴ちゃん。そんな隅に座ってないで、布団に入っていて良いのに」
「いや、でも……。布団に入ってしまったら、お信さんを待たずに寝てしまいそうなので……」
「初めての土地で1日過ごしたのだから、疲れていて当たり前よ。私に気を遣わずに寝ていて良いわよって言っておけば良かったわね。ごめんね」
「いえ……。私が好きで待っていたので」
「ありがとう。これで、私も寝る支度するわね」
お信は上に着ていた小袖を脱いで、下に着ていた継ぎ接ぎがある古い小袖1枚になる。
「寝ましょうか」
「はい」
お信の言葉をきっかけに、2人は布団の中に入る。
「明日は朝早いから、さっさと寝てしまいましょう」
お信が行燈の火を消す。
「お琴ちゃん、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
お信に挨拶をして目を閉じると、すぐに眠りについてしまった。




