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おてんば娘と一寸郷士(ごうし)  作者: 宮羽つむり
おてんば娘と椿屋敷
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子護り地蔵

お琴はお信の後について、月明かりが照らしている茶屋前の一本道を西へ歩き始める。

「お信さん、私達はどこへ行くのですか?」

音があまりしない夜の景色にお琴は少し怖さを感じ、ついお信に話しかけてしまう。

「お琴ちゃん達の仕事が無事に終わるようにお願いしに行くの」

お信が振り向き、後ろ向きに歩く。はっきりとは見えづらいが、お信が楽しそうに笑っている気がした。お信の返事を聞いて、お願いをしに行く……?神社かしら……?でも、神社とは反対方向を歩いているけど……と、お琴はどこに向かっているのか見当がつかない。お琴の考えている顔を見て、お信はクスリと笑う。

「ま、着けば分かるから。……もうじきだからね」

お信はお琴に伝えると、また前を向いて歩く。お琴はお信を信じてついていけば良いと納得して、それ以上は何も聞かないことにした。

少し歩いていると、道の右端に黒い何かが立っていることにお琴は気がついた。何だろう……と思っていたお琴だが、

「あの木に行くのよ」

お信が黒い物の正体を教えてくれた。お琴は木なのねと安心し、お信と一緒に近づいていく。

段々黒い物が木の形に見えてきた距離で、お信の足が止まる。つられてお琴も立ち止まる。そしてお琴は木を見上げた。茶屋よりも少し大きい木。どんぐりが実っているのが見えた。くぬぎの木だと気づいたお琴が下を見ると、どんぐりがたくさん落ちていることに気がついた。来た道を見ると、茶屋が少し小さく見える。そんなに茶屋から遠くではないことが分かった。そして「ここは……」と尋ねようとしたお琴は、笑ってお琴を見ているお信と目が合った。

「この木に来たかったの」

お信はくぬぎの木を愛おしそうに撫でると、お琴に向かって手招きをする。お琴は誘われるがまま、くぬぎの木に近づく。くぬぎの木は真ん中辺りに空洞がある。お信が空洞を指差す。その中を覗くように言っていると察したお琴は、空洞の中を覗き込む。すると中には大小2つの丸い石があるのが見えた。じっと見ると、2つの石に顔があることに気がついた。大きい石は笑い顔、小さい石は眠っている顔が彫られてある。2つの石は寄り添うように並べられてある。

「この木の中にいるのは子護り地蔵というの」

「子護り地蔵?」

「そう。この村には神社があるから、中々大きな仏様がいなくてね。……実はこの地蔵様はうちの人が造ったの」

「えっ!?勇作さんが?」

お琴の驚きぶりに、お信はクスリと笑う。勇作が石を丸く削ったり、地蔵の顔を彫ったりする姿がお琴の頭の中では思い浮かばなかった。

「……実はね、私達には息子が2人いるんだけど、2人共同じ時期に奉公や婿にいってしまってね。私は2人が心配で心配で夜も眠れなくなってしまったの」

今の元気そうなお信からは想像つかない話を聞いて、お琴は何と言っていいのか分からず、戸惑ってしまう。そんなお琴に「ありがとね、昔の話だから」とお信は微笑む。

「そうしたら、あの人が「眠れないなら、夜はこの地蔵にお願いをして過ごせば良い」と言って、この地蔵を造って渡してくれたの。それで私がこの木の空洞の中に奉ったのよ。この村の神社は夜のお参りを固く禁じているから、あの人わざわざ眠れない私が起きていても良い理由を作ってくれたの……。それで私はこのお地蔵様にお参りをすることが夜の日課になったの。このお地蔵様にお願いするようになってからまもなく、こどもたから「無事でやっている」という文が届くようになってね。それから私の中でこのお地蔵様は子ども達のことをお願いする為のお地蔵様になったのよ。「子ども達を護るお地蔵様」で子護り地蔵って呼んでいるの。子ども本人もお参りをした方がお願いを聞き入れて貰えると思って、お琴ちゃんを誘ったのよ」

お信の言葉を聞いて、お琴は自分の顔が真っ赤になっていくのが分かった。お信が自分達の為にお参りに来たのだと知り、胸がじんと熱くなった。自分の身を案じてくれる人が亡くなった祖父母以外にいることがとても嬉しいのだ。お琴は嬉し涙を流しそうになる自分の頬をパシンと叩く。

「ありがとうございます。私もお参りをさせて下さい」

お琴はお信の隣に並んで、子護り地蔵に向かって手を合わせる。

「もちろん。一緒にお参りしましょう」

お信も手を合わせ、2人は目を閉じる。お琴は、どうか、仕事が無事に終わりますように。……そして、お信さん達がいつまでも健康でありますように……と、心の中で願い事を3回唱えた。願い事を唱え終えたお琴はちらりと横目で見ると、同じようにお琴を見ていたお信と目が合う。お互いにプッと笑い出す。

「……じゃあ、少しゆっくり歩いて宿に戻りましょ」

「はい」

お琴は子護り地蔵にぺこりと頭を下げると、お信と一緒に宿へと戻っていった。

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