特例
「じゃあ、今度は私達……というか私が話す番ね」
右忠は片目を瞑って、いたずらっぽく笑う。
「お琴。この村の祭りの事について、知りたくない?知りたいでしょう」
右忠は自分の膳を飛び越すのではないかと思うほど、お琴の方へ前のめりになる。
「は、はい。私、この国に来てから自分の家の近くにしか出たことがないので、ぜひこの村の事を知りたいです」
お琴は純粋に興味はあるが、右忠の気迫に押され気味になりながら答える。お琴の答えを聞いた右忠は、うんうんと頷く。
「じゃあ、早速この村の豊穣祭について話を始めるわね」
お琴は右忠の方に体を向けて、話を聞く態勢をとる。清隆はそんな2人を横目で見ながら、夕食を食べている。
「この村の豊穣祭は明日から数えて5日後に行われるんですって。祭りの日は1日中村は賑やかになるそうよ。昼間は村の皆で今年できた穀物を神社に奉納して、夜は燈籠揃というものをやるんですって」
「燈籠揃とは何ですか?」
右忠の話に聞いたことのない単語を聞いたお琴は、すかさず尋ねる。
「そうよねぇ!やっぱりそう思うでしょ?何だろうと思うでしょ?」
右忠は早く話したくて仕方ないようで、うずうずしている。
「は、はい!知りたいです!」
お琴は右忠のうずうずに感化されて、右忠の声に負けない位の声で答える。
「燈籠揃って、夜に燈籠を持った人々が神社に向かいつつ、村中の道を歩き回るんですって。火を灯した燈籠が夜の道を照らすなんて、とても綺麗だと思わない?」
右忠の話に力強く頷くお琴。お琴の頭の中に、月明かりの下に燈籠で作られた光の道が動いている情景が浮かぶ。
「……見られるといいんだけどね」
その言葉を聞いたお琴は、右忠様、何か含みのある言い方だなぁ……と首を傾げた。そして、清隆様なら何か知っているのかも……と思い、お琴はちらりと清隆の方を見た。清隆はお琴の視線を感じながらも、自分の食事に集中している。
「ねぇ、清隆。豊穣祭の日は夜までいましょうよぉ。祭りについて調べに来た役人という設定なのに、祭りの夜の部を見ないで帰るのはおかしいって」
清隆の無視に耐えられなかった右忠が、駄々をこねるように大きな声を出した。清隆は静かに箸を置き、右忠の方を見る。
「私達は郷士の弟行方不明の真相を探しにきたのですから、長期滞在で調べない限り、4~5日が1回の調査滞在日数のはずです。今回私が持っている通行手形は5日滞在の許可のでしょう。祭りの夜までいたら、出発が次の日の朝になってしまいます。自分で決めた掟を自分で破っては、他の者に示しがつきませぬよ!」
清隆は右忠に言った後、また箸を持って食べ始めた。清隆にぴしゃりと言われた右忠は、唇を尖らせ、ぷくぅと両頬を膨らませる。そんな2人をハラハラしながら見ているお琴。すると、突然右忠がお琴の方を見てきた。お琴はドキリとしてしまう。
「お琴だって、燈籠揃見てみたいと思わない?年に1度のお祭りよ!絶対見ないと損だと思うの!」
右忠がものすごい勢いで、お琴に同意を求めてきた。お琴はどう答えて良いのか分からず、困ったように清隆と右忠を交互に見る。
「お琴!清隆や私の顔色を窺うのではなく、自分はどう思うのか言って頂戴!」
お琴は右忠の気迫に押されて、正直に自分の気持ちを話そうと決めた。
「私はあまりこの国のことを知らないので、この村の豊穣祭は見てみたいと思いますが……。清隆様の仰る通り仕事なので……」
お琴はちらりと見た清隆の無表情に、私の答え方まずかったかしら……と不安を感じて、下を向いてしまった。右忠は清隆を見ながらお琴を指差し、その後自分の目尻を人差し指で擦って泣くふりをした。そんな右忠の仕草を見た清隆は、「うっ……」と小さく唸った。
「お琴、出かけるのは初めてなんだものね。清隆、お琴の願いを叶えてあげても良いんじゃない?掟作った本人も認めているんだから今回は特例でさぁ」
すかさず右忠が一気に畳み掛ける。しばらく沈黙が続いたが、ついに清隆が大きなため息をついた。その瞬間、ニヤリと笑う右忠。
「……分かりました。今回だけは祭りの日の夜までいます」
清隆は、お琴を出すと私が敵わないと知っているから、わざとそう言ってきて……と思いながら、右忠をじろりと見るが、右忠は素知らぬ顔で天井を見ていた。右忠を睨むのを止めた清隆は「降参です」という意味のため息をつくと、残りの夕食を食べ始める。清隆の視線が自分に向いていないと分かった右忠は、
「ありがとう、清隆。良かったわね、お琴」
と清隆とお琴を交互に見て言うと、また夕食を食べ始めた。
「ありがとうございます、清隆様」
お琴は清隆に一礼する。
「……お琴にこの国の一端を知って貰う良い機会だからな。今回は特例であることを忘れないように。さ、この話は終わりにして、夕食を早く食べてしまいなさい」
「はい」
お琴は持った箸を焼き鯖の方へ伸ばす。
清隆が、……お琴が絡めば、特例が沢山出てきてしまいそうだ……と思っていることなど露知らず、お琴は呑気に夕食を楽しんでいた。




