お琴の話
3人は各々の膳に向かい、それぞれの速さで食べている。お琴は、この煎り物おいしい……!この焼き鯖もおいしい……!と言葉にしないが、笑顔で食事の感想を表している。清隆は静かに箸を進めている。右忠は他の2人の食べている速さを確認しながら、夕食を食べている。しばらく黙々と食べている3人。
3人の膳に載っている食べ物が半分になった頃、右忠が清隆に目配せを始めた。清隆はふと自分の視界に入る右忠に気が付く。清隆は右忠の言いたい事を理解したようで、小さく首を縦に振る。
「……あ、お琴。私達が戻ってきた時に話したそうな顔をしていたが、私達がいない間に何かあったのか?」
清隆に突然の話を振られて、お琴は一瞬ビクッと体を震わせる。あ、食べるのに夢中になっていた!早く飲み込まないと!とお琴は思い、口の中に入れた食べ物を慌てて噛んで飲み込む。
「……。すみません、すぐに話できなくて……」
口元を手で隠しながら、お琴は清隆に謝る。
「落ち着いてからで全然構わない」
清隆の返事を聞いて、お琴は安心してゆっくりひと呼吸置いた。
「もう大丈夫です。……あの、先ほど川で洗濯をしていた時なのですが、妙な女の子と会ったのです」
「妙とは?」
お琴の話を聞いて、清隆が前のめりになる。
「それが……。私を自分が書いた投書を読んで来てくれた役人だと思ったようで……」
今度は右忠も前のめりになって、
「その女の子はどんな様相だった?郷士の弟行方不明について、何か知っていそうだった?」
とお琴に尋ねた。
「それが……。神社の氏子のような格好の男の人がその女の子を連れて行ってしまったので、詳しく話を聞くことができなかったのです。うーん……。思い出す限りでは、女の子は身分が高そうな方でした。男の人から「お嬢様」と呼ばれていましたし……。……あ!あと「神主様がお嬢様を心配している」と言われていたので、あの女の子は神社の関係者だと思います」
必死で川辺での出来事を思い出したお琴は、2人にできるだけ詳しく伝えた。清隆はうんうんと相槌を打って、お琴の話を聞いていた。
「……今のお琴の話を聞くと、その女の子が投書をした人物だとしたら、神社の中にいる人についても調べなきゃいけないわね。……うーん。清隆、郷士は弟行方不明に関与しているのかしらね?」
「……色んな可能性があるので、とにかく情報を集めなきゃいけないですね」
「まぁ、明日は清隆達は引き続きホオジロに何か知っているかどうか話を聞いてきて。私はとにかく郷士に限らず、色んな噂話を集めてくるわ」
「そうですね。右京様、お願いします。お琴、お前に話し掛けてきた少女がまた現れたら、話をを聞き出してくれないか」
お琴は自分の仕事があることを知り、顔を輝かせる。そして、清隆様だけでなくあの女の子の為にも自分は精いっぱい仕事を頑張りたいと思う。
「は、はい!承知しました。……あの、私にはあの女の子が嘘をついているように思えないんです。だから、あの女の子が聞いた事で私が答えられる事は答えてもよろしいでしょうか?私の正体とか……」
お琴の申し出を聞いた清隆は、途端に眉間にしわを寄せる。
「……お琴。あまり情報収集に自分の思いを入れてはいけない。聞き役に徹してくれ」
清隆にピシャリと言われ、お琴はしょんぼり下を向いてしまった。せめて正体だけはあの子に明かしたかった……とお琴は残念に思う。
「清隆。そりゃあ、馬鹿正直に全部答えたら不味いけれど、自分の身分は明かしても良いんじゃないかしら?そうしなきゃ、相手はお琴を信用してくれないわよ」
お琴の落胆ぶりを見兼ねた右忠が助け舟を出す。右忠の助言とお琴の落ち込んでいる様子を見た清隆は、「うん……」と小さく呟き、
「……お琴。右京様の言うことも一理あるので、こうやって欲しい。お琴は自分の身分を明かして、その少女から話を聞いたら、「その話は主人に伝えます」と言って宿へ戻ってきてくれ」
と提案した。お琴は右忠様のおかげで1番伝えたいことを伝えられる!と思い、右忠に向かって小さく笑ってありがとうを態度で伝える。右忠は「良かったわね」と小さく口パクで言うと、ニカッと笑った。そんな2人を少し面白くなさそうな顔で見つめる清隆。清隆の視線に気がついたお琴は、清隆の方を向くと、
「ありがとうございます、清隆様。私、あの女の子からしっかり話を聞いてみます!」
とやる気充分だと伝わる力強い返事をした。
「ああ、任せたぞ」
清隆の返事にお琴は満面の笑みを浮かべる。
「お琴の話は一旦終わりにしていいかしら?」
右忠がお琴の目を見つめて尋ねた。お琴はうんうんと首を縦に振る。お琴の返事を見た右忠は、
「じゃあ、今度は私達の話ね」
と言って、にんまり笑った。