夕食の中身
宿の前に着いた3人だが、お信は茶屋に戻るということで、お琴達とお信はその場で一旦分かれることにした。
「お琴。右京様を待たせてしまっているから、急いで部屋に行くぞ」
「はい!」
清隆とお琴は急いで宿の中に入ると、右京の部屋の前で正座をした。
「右京様、遅れてしまって申し訳ありません」
清隆はそう言うと、静かに障子を開けた。お琴は少し首を伸ばして、部屋の様子を覗う。
「もう、遅いわよぉ!」
化粧を落とした右忠が胡座をかいて膳の前に座っており、お琴達を正面に見ている。膳は二等辺三角形の形に並べられていて、互いの顔が見られるようになっていた。
「本当に申し訳ございません」
「清隆、そんなに謝らないの。さ、私の両隣りに座って頂戴」
右忠が自分の両隣前の膳を手の平で指す。
「あ、清隆の膳は清隆から見て右のだから」
「ご配慮ありがとうございます」
清隆は右忠に一礼すると、右の膳の前に座った。お琴は清隆様の膳だけ何故指定なのかしら?と不思議に思う。
「お琴も座って頂戴な」
「は、はい」
お琴は自分の膳の前に座りつつ、清隆と自分の膳を見比べた。
「あ」
とお琴は小さな声を上げたが、すぐに黙った。清隆と右忠はチラリとお琴を見る。そんな2人に気が付かずにお琴は、私の膳には焼き鯖があるけれど、清隆様の方は魚がないわ。清隆様は魚が嫌いなのかしら?野菜や汁物、ご飯は一緒なのに……と心の中で考えながら、顎に人差し指をつける。
「私の膳が何故お琴達と違うのかが気になるようだな」
お琴の仕草を見ていた清隆がクスリと笑う。清隆の指摘に、お琴はドキッとなって目が泳いでしまった。
「あ、いえ、そこまで気にはなっておりません……」
恥ずかしくなったお琴は、下を向きながら答える。そんなに分かりやすいかしら、私……と、お琴は両手で頬を押さえる。
「気になるのは当然だから、気にしなくて良いぞ」
「私が含みのある言い方をしちゃったから、気になっちゃったわね。ごめんなさい」
「大した理由でないから、尋ねて貰って全然構わない」
清隆の言葉を聞いて、お琴は「聞いていいのですか?」という言葉を視線で清隆の方へ向ける。お琴の視線に気が付いた清隆は、返事としてお琴に優しい笑みを向けた。清隆はお琴が自分に関心を向けていることに対して、嬉しいけれど何となく照れてしまい、無意識に自分の頬を搔く。清隆から了承して貰ってひと安心したお琴は、
「……あの、何故私達と清隆様の膳に載っている物が違うのですか?」
と顔を上げて清隆に尋ねた。清隆はよく聞けましたと言いたげな笑顔をした。
「私は魚や肉を食すことが出来ないのだ。何故なら、魚や肉を食してしまえば、体臭から食べたものの匂いが出てしまい、動物達が私に近寄って来なくなってしまう場合があるのだ」
「ほら、動物って鼻が利くでしょう。私達の体臭から仲間を食べたかどうか判断できるらしいの。仲間を食べるということは、自分も襲われる可能性があるということになるでしょう。だから近付かないんですって。……って、私も清隆から聞いたんだけどね」
清隆の説明を補足した右忠がいたずらっぽく笑う。
「……とまぁ、仕事上の関係で食せないものがあるのだ。体臭は小さくなっても変わらないからな」
清隆の答えにお琴は納得した。そっか、動物達が近寄って来なくなったら、お仕事に支障が出てしまうものねとお琴は思い、うんうんと頷く。
「納得したようね。じゃあ、夕食をいただきましょう」
右忠の呼び掛けに、お琴と清隆は「はい」と同時に返事をした。そして3人は手を合わせると、それぞれ箸を持って夕食を食べ始めた。