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おてんば娘と一寸郷士(ごうし)  作者: 宮羽つむり
おてんば娘と椿屋敷
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川辺にて

長助の家を出たお琴はお信から借りた洗濯板と桶、そして右忠と自分の洗濯する物を持って、宿の裏にある川へとやってきた。

「宿と川の間にある、この物干し竿に洗濯した物を干せばいいのね」

お琴は宿寄りに立っている物干し竿を見つけると、早速川で洗濯を始めた。

「……私、全く役に立っていないなぁ……」

お琴は洗濯をしながら、今日の事を振り返る。ホオジロの時は清隆様に言われた通りにしただけとはいえ、自分で考えて動けることがあったのではないかと、お琴は後悔し始めた。洗濯する手が思わず止まってしまう。

「……この洗濯だって、郷士様の家にいても私はやることがないから、右京様が気を遣って下さったのだと思うし……。私、お2人の役に立てていないなぁ……」

お琴は川面に向かって、ため息をつく。しかし、この仕事はきちんとやらねばいけないと自分を奮い立たせ、お琴はまた洗濯を始める。

「今日は2人分だけだから、さっさと洗って干しちゃおうっと」

お琴は川の中に右忠が着た柴売りの小袖と洗濯板を入れ、ゴシゴシ洗う。辺りには誰もいない。やはり洗濯は午の刻前に済ませてしまうようだ。1人で黙々と洗濯するお琴。

夕日が山に傾き始めた頃、どこからか人の足音が聞こえてきた。お琴はこっちに近づいてきている……と、洗濯し終えた小袖を桶の中に入れ、周りを見回す。すると、

「はぁ……、はぁ……」

1人の少女がお琴から少し離れた川上の川辺りの所で立ち止まり、息を整えているのを見つけた。少女は自分と同じ位の年のようにお琴には見えた。お琴に気がついていない少女は川を見つめ、深いため息をつく。あの子、どうしたのかな……とお琴は少女をじっと見ていると、突然少女と目が合った。お互いに逸らすことができず、見つめ合っている。すると、少女がお琴の方へ寄ってきた。洗濯物は洗い終わったから、桶を持って立ち去ろうとお琴は思ったが、憂いを帯びた瞳の少女から目を逸らすことができずに立ち去る機会を逃してしまった。そしてお琴は、少女と向かい合うことになってしまった。

「こんにちは。……あなた見ない方ね。旅の人?その割には小綺麗な格好な気がするけれど……」

少女は尋ねながら、大きな黒目でお琴を見つめてくる。たっぷりの黒髪に瞳の大きい少女の整った顔に、お琴は一瞬釘付けになった。しかし、慌てて頭を横に振って、なんと答えようか考える。仕事の事を説明するにしても、本当の事を話すわけにもいかない。先程の郷士の家での村に来た理由を話しても良いかな……とお琴が考えていると、

「……もしかして、目安箱に入れた私の投書を読んで、ここに来てくれたお役人様?」

と痺れを切らした少女が問いかけてきた。お琴はその言葉を聞いた瞬間、胸の鼓動が加速度を上げた。

「なんてね……。そうだったらどんなに良いか……」

少女はちらりとお琴を見る。お琴は「目安箱」「投書」「役人」という言葉を聞いて、表情を強ばらせたままだ。

「……冗談よって言うつもりだったけど、本当なの……?」

少女が驚いた表情で、お琴に更に問いかけてくる。そして、また一歩少女はすがるようにお琴に近づく。本当の事を言ったらまずいんだけれど、この子には嘘をついてはいけない気がする……と、お琴は直感的に思った。

「……あまり詳しくは言えないのだけれど……」

お琴はあまり少女と目を合わせずに答える。少女はお琴の反応を見て、目を輝かせた。

「……!やっぱり!投書を読んで来てくれたのね」

少女がお琴の両手をがしっと掴む。

「えっ、あの、その……」

お琴は少女の行動に驚き戸惑っていると、

美寿(みすず)お嬢様!こんな所にいたのですかっ」

2人の元へ白小袖に青色の袴を着た青年がやって来た。青年は少女より年上のようにお琴には見えた。美寿と呼ばれた少女は顔を曇らせる。

美行(みゆき)……」

「さ、神社に帰りますよ。神主様も心配しています」

美行は美寿の手を引く。

「自分で歩けるから、手を引かなくても良いわっ」

美寿は美行の手を払い除ける。美行は美寿の拒絶が悲しかったのか、下を向いてしまった。

「帰ります」

美寿は一瞬お琴を物言いたげな瞳で見つめた後、元来た道を歩き始めた。美寿の足音に気がついた美行は顔を上げ、じろりとお琴を睨みつけると、

「お待ち下さい、美寿様」

と言って、美寿の後に付いて行った。お琴は2人が立ち去る姿をただ見ていたが、

「……あの子の目は助けてと言っている目だったわ……」

とぽつりと呟いた 。そしてお琴は少女の事を思い出す。投書をしたと言っていたあの女の子。もしかしたら、郷士様の弟がいなくなったことについて何か知っているかもしれない……とお琴は思った。

「……とにかく、今の出来事は清隆様にお話ししないと」

洗濯物を入れた桶と洗濯板を持ったお琴は、宿に向かって歩き出した。

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