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おてんば娘と一寸郷士(ごうし)  作者: 宮羽つむり
おてんば娘と椿屋敷
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お昼ご飯

茶屋の1番左端の小上がり。清隆と向かい合うようにお琴と右忠は座る。右忠は頭に被っていた手ぬぐいを外して肩にかけると、長い息をついて胡座をかいた。外見は女の子なのに、仕草がおっさんみたい……と思いながら、お琴は右忠を横目で見る。

「お待たせしてしまって、申し訳ありませんね」

お信が器を載せたお盆を運びながら、お琴達が座っている小上がりへ上がる。そして、お盆の上に載せてある器を3人が座っている場所の机の上に置いていく。

「美味しそうなうどん……」

お琴は目の前に置かれたうどんを見て、うっとりした表情を浮かべる。うどんは素うどんで、薬味の刻まれたネギとのりの香りがうどんの出汁の風味を強くさせる。うどんの匂いを嗅いだお琴は早く食べたいなぁ……と、思わずそわそわしてしまう。

「じゃあ、食べましょうか」

右忠が清隆とお琴に声をかけ、優しく手を合わせる。2人も後に続いて手を合わせると、

「いただきます」

と3人は声を合わせ、箸を持ってうどんを食べ始める。

「美味しい……!」

お琴は自分の箸を進めることに夢中で、うどんを食べる時に出る「ズルズル……」という音など気にせずに食べている。清隆も右忠もうどんを夢中になって食べている。

3人のうどんの量が半分になった頃、

「清隆。ホオジロの方はどうだったの?」

と唐突に右忠が清隆に尋ねてきた。お琴と右忠はうどんを食べながら、清隆を見る。清隆は食べているうどんを箸で切って口の中に入れると、ゆっくり咀嚼してうどんを飲み込んだ。そして、お信と勇作が作業をしていて忙しそうにしているのを確認すると、

「それが……、ほぼ聞き做しと同じ言葉を言っていたのです。「長助さん、一筆啓上仕候、周助さん」とホオジロは郷士の家の竹柵の上で言っていました」

と、右忠に今日の事を報告する。右忠はうんうんと聞きながら、口の中に入れたうどんを噛んで飲み込む。

「……ちょっとそれだけだと分かりづらいわね。明日はもう少し深く聞けそう?」

「今日は初日でしたので聞くだけにしましたが、明日は話をしてみようと思います」

清隆は凛とした目で右忠を見つめる。右忠は「分かった」と小さく呟き、

「では明日もしっかり調べて頂戴ね。頼りにしているわよ」

と言って、またうどんをすすった。しばらくズルズルとうどんをすする音だけが茶屋の中に響く。お琴はうどんの汁も飲みきってしまった。

「そういえば、右京様の聞き込みはどうだったのですか?」

器を優しく机を上に置いたお琴は右忠に尋ねた。右忠と清隆もうどんを食べ終える。

「あ、私の方ね。寄ってくるのは男ばかりで本当に困ったけれど、頑張って聞いてきたわ。どうやら村の大半の人は兄よりも弟の方が郷士の仕事に興味を持っているように見えていたそうよ。兄弟の父が生きている時には、よく父の後について仕事の様子を見ていたんですって。で、今は村の人達は郷士派と神社派に分かれているそうよ。まぁ、弟行方不明のせいで郷士派は少数になっちゃっているけれど。そんな状況だから、豊穣祭の準備もなかなか進まないみたい。郷士が中心になって山車を作らなければいけないんだけど、神社派が妨害しているって話を聞いたわ。ちょっと郷士だけでなく、神社の方にも話を聞かなければいけないと思うわ」

右忠の話を聞いた後、お琴は清隆と右忠のうどんが入っていた器を自分の器の上にに重ねながら、右忠の情報収集量の多さに驚いている。初日のこの短時間でこんなに知り得るなんて、清隆様が仰っていた通り、能力が高い方なんだわと感心しながら、右忠の方をまじまじと見る。清隆は右忠の話を聞いた後、しばらく何か考え込んでいる。右忠はいたずらを考えている子どものようなキラキラ輝く目で清隆を見ていたが、自分を見つめているお琴に気がつくと、輝いている目で笑いながら、

「あらお琴。私をじっと見つめてどうしたの?」

と、お琴の方に顔を寄せてきた。お琴は右忠の予期せぬ行動に、一瞬固まってしまう。

「え、いや、何でもないです……!」

お琴は驚き過ぎて体が思うように動かないので、目を逸らすだけで精いっぱいだった。ただ感心して見ていただけなのに……とお琴は思いながら、どんどん固まってしまう。右忠はにこにこ笑いながら、お琴にまた近づく。そんな2人を清隆は、私と近い距離になった時はお琴は拒絶していたのに、右忠様の時は幾分か受け入れている気がする……と思いながら、眉をひそめ唇を尖らせる。

「何でもない訳がないでしょう。私を見ていたじゃない」

右忠はちらちらと清隆を見ながら、お琴にまた少し近づく。清隆の面白くないという表情を見て、ニヤッと笑う右忠。

「確かに右京様を見ていましたが、他意はございません……!」

お琴は縋るような目で清隆に助けを求める。清隆は好きな女子の目の訴えを見て見ぬ振りは出来ぬ……。それに困っているということは、右忠様に対して特別な感情はないということか……と、安心した表情を浮かべる。そして、

「右京様、度が過ぎます。離れてやって下さい」

と清隆は右忠とお琴の間に左手を入れて、2人を離す。

「ざぁん念。止められちゃった」

右忠はにこっと笑い、お琴からパッと離れた。右忠の行動にほっとしたお琴はありがとうございます、清隆様と、清隆に一礼する。清隆はお琴に向かって、優しく微笑む。2人の目配せを見た右忠は突然立ち上がり、

「……じゃあ、私はこれで着替えに宿に戻るわ。今度は昨日の格好で郷士の話を聞かないとね。あ、そうだ。初日は顔合わせの意味もあるから、今日だけはお琴にも一緒に来て貰うわ。3人で関所を通っているから、1度3人で郷士の家に行かないと怪しまれちゃうのよ」

とお琴に話した。

「あ、そうか。関所の役人は村に出入りした者の報告を郷士に行っているんでしたね。お琴の素性も明かしておいた方が良いですね」

清隆も説明を付け加える。2人の言葉を聞いたお琴は、しばらく滞在するのに怪しまれては困るわ……と思い、

「分かりました。では、右京様付きの下女として、郷士の家に一緒に行かせてください」

と言って、2人に一礼した。

「あ、そうだ。私も手形と記録用の紙と筆を持ってこなければ。手ぶらで行ったら怪しまれてしまう」

清隆は自虐するように笑い、すっと立ち上がった。領主様の命で来た者が手ぶらだと確かに怪しい……とお琴は清隆の言葉に納得する。

「じゃあ、私と清隆は一旦宿に戻るから、お琴は茶屋で待っていてね」

「はい」

お琴の返事を聞いた清隆と右忠は、一緒に茶屋を出ていった。待っている間は暇だよね……と、お琴は何もせずにぼんやりすることに慣れていないので、茶屋で何かすることはないかと考え始めた。そして、

「あ、お昼ご飯の片付けを手伝えばいいじゃない!」

と良い考えを思いつき、早速うどんの器を奥へ運ぶことにした。

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