ホオジロの声
その時が訪れたのは突然だった。意外に茂みの中に隠れるというのは、痒みとの戦いなんだ……と手足を掻きながらお琴が思っていると、
「チョーサン、イッピツケイジョウツカマツリソウロウ!」
と例のホオジロの鳴き声が聞こえてきた。お琴は頭だけを茂みから出す。すると、目の前の郷士の家の竹柵の上にホオジロがとまっているのが見えた。
「チョーサン、イッピツケイジョウツカマツリソウロウ、シューサン!」
ホオジロの声は昨日よりも枯れている。お琴は自分はどうしたら良いのか分からず困っていると、
「とりあえず今は、このままホオジロが何と言っているのか聞くだけにするぞ」
と清隆がお琴の頭の上に乗って指示を出す。お琴は、え?私、頭だけ出したまま?と戸惑ったが、清隆の言う事は聞かなければいけないと思い、頭だけを出した状態でホオジロの鳴き声を聞くことにする。
「チョーサン、イッピツケイジョウツカマツリソウロウ、シューサン!」
「チョーサン、イッピツケイジョウツカマツリソウロウ、シューサン!」
「うるさい!」
ホオジロの声に劣らない大きな声が聞こえてきた。この声は郷士だろう。ホオジロは郷士の声を聞き、一瞬静かになる。しかし、
「チョーサン、チョーサン……」
と再び鳴き始める。
「うるさい!いい加減にしろ!頭がおかしくなりそうだ!」
郷士の声がホオジロに負けない位、辺り一帯に響き渡る。ホオジロは静かになるだけで飛び立とうとはしない。
「早くどこかに行けよ!俺は周助じゃない。周助はいないんだ!」
再び郷士の声が聞こえる。どうやらホオジロは郷士をじっと見つめているようだ。
「ここに2度と来るな!」
その声が聞こえた後、ホオジロは郷士の家から飛び去っていってしまった。郷士とホオジロの声が聞こえなくなって少し経った頃、お琴はそろそろ出てもいいよね……と思い、静かに茂みの中から出る。
「清隆様、あのホオジロは何と言っていたのですか?」
お琴は自分の頭の上に立っている清隆に話しかけるが、清隆からの反応が返ってこない。
「清隆様?」
再度声をかけるが、清隆はお琴の声に気がついていないようである。
「清隆様ってば!」
「え?あ、すまない!考え事をしていた」
語気を強めたお琴の口調に気がついた清隆は、慌ててお琴の頭の上から左肩へ飛び降りる。
「何度も呼んだのに……。まぁ、返事をしてくれたからいいですけれど」
お琴はわざと少し拗ねてみる。すると清隆は「あっ……」と小さく声を上げ、
「だからオイラが悪かったって!あのホオジロについて考えていたら、お前の声に気がつかなかった」
と、ばつが悪そうな表情をしながら言う。
「あのホオジロは何と言っていたのですか?」
お琴が尋ねると、清隆が眉をひそめた。
「それが……。聞き做しとほぼ同じ言葉だったのだ」
「……どういうことですか?詳しく教えて下さい」
清隆の言葉の意味が分からないお琴は、清隆に説明をお願いした。清隆は「うーん……」と唸りつつ、
「オイラにも意味がよく分からないのだが、ホオジロは「長助さん、一筆啓上仕候、周助さん」と言っていたのだ」
とお琴に説明した。お琴は一瞬ぽかんと口を開けてしまうが、すぐに元の顔に戻す。
「……確かに聞き做しの言葉とほぼ同じですね」
「そうなんだ。どういう意味なのか考えていたら、お前の声に気がつかなかった」
清隆が自分の声に気がつかなかった理由に納得したお琴は、
「ホオジロの言葉の方が気になるのは仕方ないですよ。ホオジロの言葉の意味を調べないといけないですね」
とにっこり笑って、清隆に言う。清隆はお琴の表情が柔らかくなったのを見て、密かに安心する。
「そうだな……。もしかしたらもう1度ホオジロが来るかもしれないから、もうしばらくこの茂みの中に隠れよう。もし来たら、今度は話しかけてみる」
清隆の発案に、また痒みとの戦いをしなければいけないのか……とお琴は一瞬気が重くなったが、
「はい、分かりました!」
と気持ちを切り替えて、清隆を左肩に乗せたまま、さっきの茂みの中に隠れた。