作戦開始
「清隆様、ご準備はいかがでしょうか?」
お琴は清隆の部屋の前で正座をして、外から部屋の様子を伺う。
「準備はできているのだが、障子戸のところに隙間を作るのを忘れてしまって出られぬ……。すまぬが、障子戸を少しだけ開けてくれないか?」
部屋の中から清隆の助けを求める声が聞こえた。お琴は清隆が今小さくなっているから不便なことがあることを思い出し、急いで障子戸を少し開ける。障子戸の隙間から出てきた清隆は困ったように笑いながら、部屋から出てきた。
「助かった。出だしでしくじるとは……」
少し悔しそうに言う清隆に、お琴はクスリと笑って返す。お琴は笑顔を見た清隆はほっとした表情を浮かべ、
「今日もよろしく頼むな」
と明るい声で話す。お琴は昨日のことを気にしていない清隆の素振りに安心し、より一層目尻を下げて、
「こちらこそ、よろしくお願いします」
と清隆に負けない位の明るい声で返事をした。すると、
「あら、2人共準備できたのね」
と言いながら、右忠が自分の部屋から出てきた。お琴は朝の出来事を一瞬思い出すが、そこにいる右忠は昨日は先ほどの格好とまた違う格好だったので、思わず忘れて魅入ってしまう。右忠は女装をしているが、黒の小袖を着て、白い手ぬぐいを被っている。髪型は玉結びで、手足には職人達が手足を守る為に使う手甲と脚絆を付けていた。昨日はばっちり化粧をしていたが、今日はかなり控えている。
「どう?今日は柴や炭を売りに山から下りてきた女性の格好よ。とりあえず村の人に話を聞くためには、同じように働いている格好をしていた方が聞きやすいのよ」
右忠はひらりと回ってみせる。右忠はどんな格好をしても似合うなぁ……とお琴は羨ましく右忠を見ている。
「じゃあ、私はこれで村の人に郷士や弟について聞いて回るから、ホオジロの方は2人に任せたわよ」
右忠は土間で草鞋を履くと、その場で軽く屈伸してから宿を出た。残されたお琴と清隆はお互いに見合った後、
「じゃあ、オイラ達も郷士の家へ向かおう」
「はい。では清隆様、私の肩の上に」
「あ、ありがとう」
と清隆はお琴の左肩の上にちょこんと座り、2人は宿を出ていった。
村の人達はあまり外に出ておらず、お琴は神社に着くまでに珍しく誰とも会わなかった。
「朝日が昇ってしばらく経つのに、村の人達は仕事をしないのですかね。豊穣祭があるのに」
村の中心にある神社に着いたお琴は周りを見回す。神社の鳥居の向こう側には忙しく動き回る白装束の人々がいた。静閑な村と慌ただしい神社。鳥居を挟んでの静と動の世界の違いに、お琴は少々驚く。
「それだけ豊穣祭に対しての意識が違うという事だろう。神事に対しての考えの違いがここまで露骨だと、せっかく神社によって清められている気が淀んでしまう。……鬼が出やすい場所になってしまう」
周りに人がいないと分かった清隆はお琴に言葉を返す。
「え?この村に鬼が出る可能性が高くなってしまうのですか?」
「あぁ。鬼は陰の気が集まる場所を好むのだ。陰の気は人間の負の感情によって生まれる。神事が滞りなく行えるように一刻も早く真実を調べ、この村の者達が持っている郷士への不信感を解放してやらないと」
清隆は目を閉じ、全身で御厨村に流れる気の流れを感じ取る。
「……私にはそういうの全く分からないのですが、清隆様には感じるのですね」
「オイラもこの姿の時にしか分からないのだが、全てのことに対して感覚が鋭くなるのは自分でも分かる。だから動物とも話せるのだと思う」
清隆は不思議な事を言っているのだが、お琴の心の中に清隆の言葉は素直に落ちてくる。お琴は自分達と鬼とか物の怪などは1枚の透明な布のようなもので世界が分けられているだけで、すぐ近くに鬼はいるのだろうなと思った。
「よし、お琴。神社と郷士の家の間にある、あの茂みの中に一旦隠れるぞ。ホオジロが来るまで、あそこで待とう」
清隆は周りに人がいないうちにと思っているようで、「早く早く」と言ってお琴を急かす。丁度人ひとりが隠れられそうな茂みだなとお琴も見て確認する。
「わ、分かりました。だから耳元で急かさないで下さい」
お琴は神社に背を向けて、茂みの中に隠れる。お琴が膝を抱えて座ると、丁度すっぽり姿が見えなくなるので、良い隠れ場所を見つけたと2人は思った。
「よし。これでホオジロが来るのを待つだけだ」
清隆の言葉にお琴は頷き、静かに待つことにした。