朝ご飯
「お琴ちゃん、起きて頂戴な」
次の日の朝、お琴は誰かが自分を起こす声で目が覚めた。目を開けると、自分の頭の上にお信の顔があることに気がついたお琴は、慌てて飛び起きる。
「あ、おはようございます!申し訳ありません。私、寝過ごしてしまったのですね……」
お琴は急いで布団を畳み始める。畳んだ布団をお琴が隅へ置いたのを見たお信は、
「まだ大丈夫よ。右京様も起きていないから。朝ご飯は各部屋で食べると聞いたから、茶屋から宿まで朝ご飯を運ぶのを手伝って欲しいの。お願い」
とお琴にお願いする。お琴が断る理由はもちろん無い。
「すぐに運びます!」
「ありがとう」
お琴は快諾すると、肌小袖の上に薄黄色の小袖を着て、お信と一緒に茶屋へ向かった。
茶屋の奥の小上がりに食べ物が載っている膳が2脚置かれてあるのをお琴は見つけた。
「あ、この膳を運んで欲しいの」
お信はそう言って、膳を1脚持ち上げる。
「あれ、でも1脚足りないのでは……?」
この村には3人で来たのに、用意されている膳は2脚。お琴は数え間違えではないかと思い、お信に確認する。
「あぁ!清隆様は朝、ご飯は召し上がらないのよ。家では食べるそうだけれど、違う土地に来た時には毎回食べないようにしているみたいなの。お琴ちゃん、知らなかったのね」
「はい……。私、今回初めて同行したので……」
膳が1脚足りない理由は納得したが、理由の内容を知ったら、その理由は清隆様本人から聞きたかったな……とお琴は思った。しかし、今はそのことを残念に思っている場合ではないと思い直し、
「では、私はこの膳を運びます」
と言って、残っている膳を持ち上げた。
「お琴ちゃんはそのまま自分の部屋に持っていって食べて頂戴。私は右京様の布団を片付けたいので、右京様でところへは私が運ぶわ」
「承知しました」
お信はお琴に指示すると、膳を持ったままスタスタと宿へと歩いていく。お琴は遅れないよう、膳に載っている食事を零さないに気を遣いながら、お信の後について行った。
「つ、疲れたぁ……」
自分の部屋に膳を運んで畳の上に置いたお琴は、座って足を伸ばす。
「準備の時はどんな食事かなと見るのは、はしたないと思ったからできなかったけれど……」
お琴は正座をして、向かい合った膳を覗き込む。膳の上に載っていたのは、ひえ・粟・麦が少なめの白米が多いご飯、野菜の塩汁、鯖の焼き魚、鳥肉の煎物だった。
「……こんな朝から、ご馳走を食べて良いのかなぁ……」
お琴は膳に載っている食事をまじまじと見つめる。しばらく見ていると、段々食べたくなってくるというのが人の性。お琴も例に漏れず、お腹が空いてきた。
「……ありがたく頂きます」
お琴は手を合わせて、朝ご飯を食べ始めた。
「……清隆様が朝ご飯を食べない分、私は急いで食べて準備しないと。清隆様をお待たせしてはいけないものね」
お琴は食事する速度をいつもより早くする。こんな女子らしくない早い食べ方を他の人に見られなくて良かった……と、お琴は1人で食事を摂ることに感謝しながら食事を進めた。
朝食を食べ終えたお琴は、膳を返しに茶屋の暖簾をくぐる。奥にお信の姿が見えたお琴は、
「おご馳走様でした」
お信に声をかける。
「お琴ちゃん、悪いわね。持ってきて貰って助かっちゃった。お粗末様でした」
奥から出てきたお信が、お琴の持っている膳を受け取る。
「右京様の膳も運びたかったのですが、お召し物を着ている最中だということで、後で取りに来て欲しいと言われました」
先ほど茶屋に行く前に右忠の部屋を訪れたお琴を半裸の右忠が出迎えてしまい、大きく取り乱したお琴を落ち着かせる為に右忠が言った言葉をそのままお信に伝える。今日1日右忠様と顔を合わすことができない……とお琴は先ほどの出来事を思い出し、顔を赤らめる。
「あら、いいわよ。私がやる事だから、お琴ちゃんは動かなくても良いのに」
お琴の表情の変化に気がつかないお信は、普段通りにお琴に話しかける。
「いえ。私は清隆様と右京様の為に動く者として、ここに来たのですから、お手伝いさせて下さい」
お琴はいつも通りに話すように努める。
「ありがとうね、本当に助かるわ。あ、これでもう行くのよね?」
「はい。これで清隆様に声をかけようと思います」
「気をつけてね。お昼ご飯、楽しみにしていて」
「ありがとうございます。それでは、いってきます」
お琴はお信に挨拶をして茶屋を出ていった。そして清隆に声をかける為、また宿へと戻っていった。




