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おてんば娘と一寸郷士(ごうし)  作者: 宮羽つむり
おてんば娘と椿屋敷
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宿の部屋割り

「お待たせしました。これで案内しますね」

奥からパタパタと足音を立てながら、お信が3人が座っている小上がりの所へやってきた。

「よろしくお願いします」

右忠の言葉の後に、3人はお信に向かって頭を下げる。

「こちらこそ。宿まで使ってくれてありがとうございます」

お信はにっこり笑って、お礼を言う。

「この茶屋の裏に宿として使っている平屋があるんだけれど、1回ここを出ないと行けないから、草履を履いたら、私の後についてきて下さいね」

お信は3人に言うと、茶屋の出入り口へ向かっていった。お琴は右忠と清隆の履き物を履く為に座る場所を作らなければいけないことに気がつき、自分が座っていた場所を空けて左隅で正座する。

「ありがとう、お琴」

右忠はお琴に向かって笑い、お琴が空けた場所に座って、自分の草履を履くとお信の所へ行った。続いて清隆も草履を履くと、

「お琴、慌てなくてよいぞ」

と優しく微笑んで、1歩先の場所に立って、お琴を待っている。 お琴は清隆に待って貰っているという気持ちから、急いで草履を履いて立ち上がろうとした瞬間、自分で自分の足に蹴つまづいてしまった。すると、

「ほら」

と清隆がお琴に向かって右手を差し出した。

「あ、ありがとうございます」

お琴は胸を高鳴らせながら、清隆の右手を取った。そして清隆はお琴の手を引いたまま、お信の所へ行った。清隆とお琴の様子を見たお信はにっこり笑って、

「では行きましょう」

と3人を泊まる場所へと案内を始めた。清隆は優しくお琴の手を離し、お信を先頭に右忠、清隆、お琴の順に縦1列に並んで歩く。お琴は清隆と手を繋いだことと、宿に泊まるのは初めてだということで高揚感が止まらずにいる。

「茶屋の裏にあるのですが、昔息子達がこの村にいた時に暮らしていた家だから、あまり宿っぽくはないのよ。ここに人が泊まる時だけ私達夫婦も使っているの。ここよ」

お信は立ち止まり、くるりとお琴達の方を向くと宿を左手の平で指した。宿は茶屋よりもひと回り小さく、3人位なら寝泊まりする分には充分な大きさだが、あまり大勢は泊まることができないと思わせる藁葺き屋根の平屋だった。

「中は土間と寝泊まりする部屋が3つあります。厠はこの宿の裏にあります。さ、中へどうぞ」

お信は宿の中へ入っていく。3人も後に続いて宿の中に入っていった。宿の中に入ると目の前に土間があった。お信は土間で草履を脱いで小上がりに上がると、障子で区切られた3つの部屋を順々に開ける。どうやら障子で区切られた部屋の中は木の板で隣の部屋と仕切ってあるようである。4畳半から5畳ほどの部屋は多くて2人までがひと部屋で寝ることができそうだ。各部屋の畳の上には寝るための布団一式が畳んで置かれてある。

「ひと部屋は多くて2人が寝泊まりできるんだけど、1部屋は私達夫婦が使いたいので、残り2部屋を3人で使って欲しいのよ。大丈夫かしら?」

お信は部屋の中の様子を見せた後、振り返ってお琴達に尋ねた。お琴はどの様に2部屋を割り振れば良いのかなぁ……と考えていたが、右忠が渋い表情をしていることに気がついた。

「右京様、やっぱり受け入れ難い提案かしら?」

お信は右忠を見て、困ったように笑う。お信は右忠の渋い顔の理由が分かっているようだ。右忠は無言のまま、ゆっくり頷く。

「……私、1人が良いのだけれど、そうするとお琴と清隆が一緒の部屋になってしまうから……」

右忠はぶすっとして言う。右忠の言葉にお琴と清隆は顔を真っ赤にしてしまった。

「な、何言っているんですか!夫婦でもない男女が同室なんて有り得ないですっ!」

清隆は右忠に喰ってかかる勢いで右忠の意見に反対する。お琴は恥ずかしさのあまり、清隆と右忠の顔を見る事もできず、何も言えない。

「……それに私も体調の関係上、1人部屋が有難いです。人と一緒の活動が出来ない時があるので……」

清隆の呟きに、お琴ははっと気がついた。清隆は小人になってしまうことを、あまり周囲に知られたくないのだと察した。右忠も「そういえば、そうだったね」と納得している。

「じゃあ、私のは単なるわがままだから、1人部屋は清隆に譲るわ」

「え?いいのですか?右京様、ありがとうございます」

右忠のあっさりとした受け入れに、清隆は安堵の表情を浮かべて礼を言う。

「清隆の方が最優先でしょう。だからぁ……」

右忠は最上級の笑顔でお琴を見つめる。お琴は綺麗な笑い顔……と思わず見とれてしまったが、

「お琴、私と一緒に寝ましょ」

という右忠の言葉を聞き、目を見開いて固まってしまった。清隆は眉間に皺を寄せ、右忠を睨みつける。

「え、あ、あの……?誰と誰が相部屋なのですか?」

お琴はわたわたと挙動不審な動きをしながら右忠に尋ねた。右忠はそんなお琴を「可愛い」と言って抱きしめようと近付くが、清隆がお琴の前に立って、右忠を阻んだ。

「私とお琴よ。この2人だったら何の問題もないでしょう」

「いやいや、大問題です!」

あくまでも穏やかな右忠に対して、清隆は威嚇する動物のように怒りを露わにしている。お琴はどうやって2人を止めたら良いのか分からずに、清隆と右忠を交互に見る。すると、

「じゃあ、こうしましょう。右京様と清隆様が1部屋ずつ使って、私とお琴ちゃんで1部屋使いましょう」

とお信が両手の指を合わせて提案した。3人は一斉にお信を見る。

「右京様と清隆様は1人部屋が良いのでしょう?なら、私とお琴ちゃんが一緒に寝れば何の問題もないじゃない」

お信はにっこり笑う。3人にとって1番良い案を提案されたが、

「え、でも勇作さんはどうするのですか?」

右忠が勇作の事を心配する。するとお信はケラケラ笑い出し、

「いいのよ、うちの人は。茶屋で寝泊まりさせれば。それに私、娘と一緒に暮らしてみたかったから、ぜひ体験させて」

と言って、お琴の手を握った。お琴は照れながらも嬉しく思う。

「お信さんが迷惑でなければ、私は嬉しいです。お願いします」

お琴はにっこり笑って頭を下げる。お信はより一層目尻を下げて、お琴を見つめる。お信の提案に反対する者は誰もいなかった。

「じゃあ、部屋の割り振りは決まったから、荷物を持って部屋の中に入りましょ。1番左の部屋が清隆様、真ん中の部屋が右京様、1番右の部屋がお琴ちゃんと私ね」

お信はてきぱきと指示を出し、土間で草履を脱ぐように3人に促した。3人はお信指示に従い、荷物を持ったまま土間で草履を脱ぐと、それぞれの部屋に入り、荷物を置いた。

「聞かれて困るような話などがあったら、遠慮なく言って頂戴ね。すぐに出ていきますので。とりあえず私は茶屋に戻ります」

部屋の中にいる3人に聞こえるような声でお信は伝えると、さっさと茶屋へ戻ってしまった。お琴は宿に着いて、やっと少し落ち着ける……と思い、少し寝転んで休むことにした。

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