奉公先
家に帰った万吉とお琴は、座敷で正座して向かい合っている。
「……え?通い奉公?どこに?」
お琴は引っ張られた左耳を押さえながら尋ねた。
「お前、今日お邪魔したお宅はお紗世ちゃんの家だけじゃないだろう」
万吉が一重の目でお琴を睨みつけた。お琴は一瞬左頬を引きつらせたが、慌てて顔を元に戻す。
「な、なんで……」
「今日お前がお紗世ちゃん家に逃げている時に、椿屋敷の使用人の卯木さんという方が家に来た」
「げっ……」
お琴は椿屋敷での一件を思い出す。すごい厳しいあの女の人が家に来たんだ……と思ったら、お琴はげんなりしてしまった。
「お前、椿屋敷に勝手に入っていったそうだな。向こうの方は寛大なお心でいてくれたから良かったが……」
万吉が言いながら、ため息をつく。
「いや、ものすごい勢いで怒られたけど!その卯木っていう人に!」
あれが寛大なお心なら、全ての人は怒りという気持ちはないのではないのかとお琴は思った。
「……郷士様のお屋敷に入って、説教だけで済んでいるのだから、ありがたいと思いなさい!」
万吉の言葉にお琴は何も言えなかった。確かにお琴は説教だけで済んでいる。折檻をされても文句を言えない立場なのだ。
「……で、何で卯木という人が家に来たの?説教だけで足りなかったから文句を言いに来た訳?」
お琴は説教される覚悟を決めた。しかし、万吉は首を振った。
「実はお前に奉公に来て欲しい家というのが郷士様のお屋敷なんだ」
「……はい?……お父さんに引っ張られたままだっただから、耳の調子が良くないのかな?今、ありえない言葉が聞こえたんだけど……」
お琴は自分の耳を疑った。
「お前は郷士様のお屋敷に奉公に行くんだ」
万吉ははっきりと言い切った。
「ええっ!?なんで?」
お琴ははっきり言って、良い印象を持たれていない自分がなぜ奉公人に選ばれたのか納得できなかった。
「……卯木さんは人手が欲しくて、奉公に来てくれる女の人をずっと探していたそうだ。そこへお前が現れた。元気で未婚というところが気に入ったらしい」
万吉の言葉を聞いたお琴は信じられなかった。あの卯木という人がそんなことを言うわけがないと思っていた。
「私、奉公とか向いていないと思うんですけど……」
「あぁ。家の手伝いすら逃げてしまうお前だから、俺も最初は心配で断ったんだ。だけど、卯木さんがお前が奉公に来てくれたら、仕事だけでなく花嫁修業も兼ねて色々所作を教えてくれると言ってくれたんだ。うちに来れば、おてんば娘も大人しい娘になるとも言われた」
お琴は信じられなくて、万吉を悲しげな目で見つめたが、万吉には通じなかった。
「お前のじゃじゃ馬根性には、俺達もほとほと手を焼いていた。卯木さんから願ってもない申し出をされて断るわけがなかろう。お前を郷士様のお屋敷へ奉公に出すことにした」
万吉は力強く言い切った。
「えぇっ!?私の意思はっ?」
お琴も負けじと大きな声で言い返す。
「お前の意思など関係ない。お前のじゃじゃ馬根性を直すためだ。明日から椿屋敷に行くことになったから、承知しなさい。今日はこれで自分の部屋に戻っていいぞ」
万吉はそう言って立ち上がり、座敷から出ていった。残されたお琴は立ち上がることができなかった。