右忠のお願い
「じゃあ、清隆とお琴にお願いがあるんだけど」
右忠が清隆とお琴の方を向いて、口元で両手を合わせ、上目遣いをする。
「どうしたのですか?」
と淡々と返事をする清隆を見て、お琴は口をあんぐり開けて何も言えずに固まっている。かわいい女の子や綺麗な女の人のお願いの仕草を見ても、顔を赤らめない男の人を初めて見た……と、お琴は衝撃を受けていたのだ。お琴は自分は1度もその仕草をしたことはないのだが、友達のお沙世がよく男の子や男の人に先程の右忠のような仕草でお願いしているところを見ることがある。お沙世がお願いをすると、必ず相手は顔を赤らめ、「仕方ないなぁ」と嬉しそうに引き受けるのだ。そんな相手の姿を見てお琴は、このお願いの仕草はかわいい子やきれいな子がやるから効果があるのだと悟っていたのだが、先程の清隆の反応の原因を考え、1つの結論に達した。
「……もしかして、清隆様は女性よりも男性の方が好きなのですか?」
突然のお琴の呟きに、
「ゴホッ!ゴホッ!ゴホッ!……変な所に唾を飲み込んでしまった……」
「アハハハハ!お琴、私が言っていたことを聞いていたかしら?」
清隆は咳き込み、右忠は思いきり笑い始めた。2人のそれぞれの反応に、お琴はまたやってしまった……と反省するが、呟きを聞かれてしまったからには、きちんと正直に呟いた理由を話した方がいいと腹を括った。
「あ……、申し訳ありません……。先程の右京様のお願いの仕草を見ても、清隆様は全く顔を赤らめずに淡々としていたので、もしかして女性よりも男性の方が……と思ってしまったのです。だって、あんなに可愛く女の人にお願いされたら、男の人は嬉しくなっちゃうものでしょう?」
お琴は伏せ目がちになりながら、2人に理由を話した。お琴の話を聞いた清隆は「ハァ……」と、深いため息をつき、
「……お琴。それは異性がその仕草をした場合だろう?私はいくら綺麗に着飾っていても、相手が同性と知っている以上、反応することはない」
と、半ば呆れたような声で言った。清隆の言葉で、お琴ははっと気づく。右京様はきれいだからといっても、女性ではなく男性だ。格好や仕草があまりにもしなやかだから、つい同性目線で見てしまっていたが、お琴とは異性だった。清隆様は自分と同性だと知っているから、あの反応でもおかしくないのに、私ったら……と、お琴は穴があったら入りたい気持ちになった。
「それに清隆は異性にそんな仕草をされても、顔を赤らめたりしないわよ。だって清隆は昔から想っている人がいるから。その人の仕草や言葉にしか反応しないわよ」
右忠がお琴にサラッと教えてくれた。清隆様が想っている人……。お琴の胸にその言葉が引っ掛かった。昔からということは幼馴染みとか、そういう身近な人なのだろう……。お琴は右忠の言葉に引っ掛かる自分のこの気持ちは何なのか分からないと思い始めた。そんな沈んでいるお琴を見て、清隆は静かにため息をつく。
お琴、君は知らないだろう。私がどれだけ小人の時の私の姿が見える夫婦となるべき人の存在を信じ、待ち続けていたかを。君への想いは知り合う前よりも一層募っていることを。小人の時は人間の味方はいないから、自分が強気でいなくてはという思いから、強気で言ったりすることができるが、 この想いは元の大きさに戻った時に面と向かって言いたいもどかしさを抱えていることを……。右忠様が遠回しにお琴について言ったのに反応してくれぬとは……。清隆も落ち込んでしまった。
「ちょっとぉ。2人で何落ち込んでいるのよぉ。私のお願いを聞いて欲しいのだけれどぉ……」
右忠は困ったように笑いながら、清隆とお琴に話しかける。お琴は、今は清隆様の想い人よりも仕事に集中しなければと思い、パッと顔を上げるが、清隆は右忠様のせいでしょう!という思いを込めた目で右忠を見る。右忠はわざと知らん顔をして、
「あのね、私がこの御厨村に来た時に常宿にしている茶屋があるの。この村の西外れにあるから、ちょっとまた歩くのだけれど、そこに行きたいの。お願いっ」
と、またお願いの仕草をして2人に頼む。お琴は異性だと分かっていても、やはり可愛いと思ってしまう。
「私はまだ歩けるので大丈夫です!」
とお琴が返事をすると、
「私も大丈夫です」
と清隆が冷ややかな態度で返事をする。
「ありがとう!じゃあ、案内するね」
右忠は2人の前に立ち、茶屋までの案内役を買って出た。清隆とお琴は2人並んで歩き始めた。