御厨村の入り口
御厨村の入り口の門は、屋根はないが城門のように厚い木の板で造られており、村を囲んでいる柵は木と竹槍で作られていた。竹槍は村の外に向かって突き出している。お琴は自分が思っていた以上に門と柵が頑丈そうで驚いてしまった。
「良い木を使っていますねぇ……」
お琴は木で作られた彫刻作品を鑑定したことがあるので、材質の木や樹齢については一般の人よりも詳しい。門の大きさを考えると、樹齢2、30年は軽く越えている木を惜しみなく使っているとお琴は概算した。詳しく見たいと好奇心が出てきたお琴だが、門の板を触ろうとするお琴を門番が慌てて止める。
「この村に入りたくば、手形を見せよ」
束ね髪に小袖と裾を紐で絞ることができる細身の袴を着た2人の男の人が、3人の前に立ちはだかった。1人は長槍を持っている。
「お琴。私に風呂敷を」
お琴の右横に立っている清隆が、お琴の方へ手を出してきた。お琴はたすき掛けをしていた風呂敷の結び目を解き、両端を両手でしっかり持ちながら清隆に渡した。
「持っていてくれてありがとう。とても助かった」
清隆は風呂敷から手形が押された1枚の紙を出し、それを門番に渡した。清隆はお琴から風呂敷を受け取ると、今度は自分の肩に風呂敷をたすき掛けした。
「確認致す。少々待たれよ」
1人の門番が懐から手形が押された紙を取り出し、清隆が出した紙と重ねて太陽の方へ向ける。もう1人の槍を持った門番は、お琴達が怪しい動きをしないかどうか見張っている。お琴は、私はいち町娘だから怪しまれても仕方ないけれど、右忠様は領主様の弟なのに怪しまれるなんて……。それだけ右忠様の変装が上手なのねと思いながら、自分の左側に立っている右忠をちらりと見た。右忠はにこやかに笑って門番を見ている。
「手形が一致したので通っても良い。念の為、この村に入る理由をお聞きしたいのだが、よろしいだろうか?」
門番が清隆に手形の紙を返しながら尋ねてきた。お琴は何て答えるのだろうと不安な表情で清隆を見つめる。しかし清隆はそんなお琴の心配をよそに、手形の紙を懐に入れ、涼やかな笑みを浮かべながら、
「私共は領主様の命で、領国内各地の祭りの様子を記録している者です。この御厨村でこれから行われる豊穣祭の様子を記録する為に参りました」
と淀みなく答える。門番2人はお琴達が領主の命で来ていると知ると、
「し、失礼しました!」
と、突然態度を軟化させた。
「この村の豊穣祭は巫女ではなく、神主が感謝の舞を舞うので珍しいのですよ。……まぁ、今年は祭りを執り仕切る郷士様に反発する者が少なからずおり、祭の準備が進んでいないところがあるので、例年通りの盛大な祭になるかどうか心配なのですけれど……。あ、すみません。こんな話をしてしまって……」
門番は頭を掻きながら、3人に向かって言う。
「いえいえ。教えて下さり、ありがとうございます」
清隆は微笑んで答える。村の重大行事に影響を与えていると知ったお琴は、一刻も早く郷士の弟失踪の事実を見つけた方がいいと思った。
「では、御厨村へお入り下さい」
門番達はそう言って、お互いに掛け声をかけて門を開けた。
「教えてくださり、ありがとうございます。しっかり記録をしてきますね」
右忠はそう言って、門番に一礼して中に入る。門番は顔を赤らめて右忠に一礼する。やっぱり美人は得だなぁ……と思いながら、お琴は門番に一礼すると、門番は表情を戻して返礼をする。清隆もお琴の後に続き、一礼をして村の中に入る。3人が中に入ると、門はまた閉じられた。
「ここが御厨村かぁ……」
門の中に入ったお琴は、眼前に広がる景色を見渡しながら呟いた。
御厨村で1番最初にお琴の目を引いたのは、村の真ん中に建っている立派な神社だった。お琴達がくぐった門からの1本道は、どうやらあの神社にまっすぐ延びているようだ。それだけ村の人はあの神社を大切にしているということなのだろう。神社は周りを木々で囲まれ、入口には鳥居がある。鳥居は巨大な注連縄が飾られ、両横には鳥居の倍はある幟旗が立っている。風で旗が揺らいでいて、旗に書いてある文字の全ては分からなかったが、「豊穣」という文字が見えたので、お琴は豊穣祭の為の飾りだろうと思った。お琴達から見た神社の右側に大きな屋敷があることに気がつく。神社とその屋敷を挟むように、1本道沿いに小さな家々が並んでいた。一軒一軒大なり小なりの畑があるので、結構広い村なのだろう。商人居住地域に住むお琴には、家の前に畑があることは物珍しかった。お琴は御厨村の豊穣祭を見てみたいなぁ……とぼんやり思った。だがしかし、郷士の後継者候補の弟失踪の事実を見つけるのが先だと思い直した。
「お琴、お腹は空いていないか?」
村を見回しているお琴に清隆が声を掛けた。清隆に言われ、お琴はお腹が空いていることに気がつく。
「少しだ……」
とお琴が答えようとした瞬間、自分のお腹が「ぐぅぅぅ」と鳴った。お琴は自分のお腹を拳で叩くが、お腹の虫はなかなか鳴きやまない。清隆と右忠はクスッと笑い、
「早く食べる所を探さないといけないな」
「私もお腹空いたぁ」
と優しく声をかけてくれたが、お琴はかなり恥ずかしかった。




