泉
お琴は右忠に手を引かれたまま、小さな泉へたどり着いた。先ほどいた場所から少し離れた所にある泉は綺麗な円い形をしている。おそらく誰かが水脈を掘り当ててできた泉なのだろう。小さな泉の真ん中に水が湧き出ている所が見える。
「この泉の水は美味しいんだよねぇ」
右忠は泉を覗き込む。
「お琴、右忠様に水筒を渡すのだ」
清隆がお琴に耳打ちをする。あ、右忠様に手で掬って水を飲ませてはいけない!と気がついたお琴は、持っていた水筒の中に泉の水を入れて右忠に渡した。
「お琴、ありがとう」
右忠はお琴から水筒を受け取ると、水を飲み始めた。
「お琴、オイラも水を飲みたいから、下に降ろしてくれ」
「清隆様も喉が渇いたのですね。承知しました」
お琴は清隆を肩から地面の上に降ろすと、両手で泉の水を掬う。そして両の手を清隆に差し出した。
「清隆様。水を入れるものがないので、これで飲んで下さい」
お琴から差し出された両手を見た清隆は顔を赤らめる。しかし、お琴は全く清隆の様子に気がついていない。
「あ、清隆様!顔が赤いですよ!そんなに喉が渇いていたのですね。ささ、早くお飲みになって下さい!」
「……うぅ、……かたじけない」
観念した清隆は、お琴の手に口をつけて水を啜った。水を飲み終えた清隆は、お琴の両手から口を離した。お琴は余った水を捨てようと、地面に向かって手を開こうとすると、
「あ、お琴。この泉の水を捨てるのは禁止されているんだよ。飲みきらないといけないの」
水筒の水を飲みきった右忠が教えてくれた。お琴は手を離すのを止め、どうしようか考える。お琴の考え込む様子を見て、右忠はニヤニヤしている。清隆ははぁ……とため息をつき、
「おい、右忠様の冗だ……」
とお琴に教えようとしたが、清隆の言葉を遮って、お琴は両手で掬った泉の水を飲み始めた。
「お、おい!お琴、手を洗わずに口を付けたら……」
清隆は大声で言ってしまい、思わず口を塞ぐが、右忠にはしっかり聞こえたようだ。お琴には清隆の慌てぶりの意味がさっぱり分からない。
「やっぱり。清隆は直接お琴の手から水を飲んだんだ」
右忠はニヤリとする。清隆は耳まで真っ赤になる。
「清隆の後にそのままお琴が飲んだってことはぁ……」
右忠の言葉を聞いて、お琴は自分がした行動の大胆さにようやく気づいた。そして、清隆が顔を赤らめていた意味も……。
「間接的に口移ししたってことかぁ」
右忠にはっきり言われ、お琴は清隆に負けない位真っ赤になってしまった。
「わた、わた、私、とんでもない事を……。ど、ど、どう、お、おわ、お詫びを……」
「お琴ったら可愛い。私の冗談を信じて、泉の水を飲んじゃうんだもん」
右忠はケタケタ笑いながら、お琴の頭を優しくなでる。
「からかい甲斐があるわぁ。だからこの旅に同行したの。……あら?お琴?」
右忠はお琴の目の前で手の平をヒラヒラさせる。お琴は固まったまま動かない。
「あら、間接的口移しに気がついて、びっくりしちゃったのね」
「……右忠様、からかい過ぎです」
「あら。私は清隆の応援をしてあげたのに、ひどい言い方ね!」
「自分で何とかするので大丈夫です」
「……!すみません、白昼夢を見てしまいました!」
2人が声だけのやり取りをしているうちに、お琴の意識が戻ってきた。
「お琴。さっきの事は気にするな。オイラも気にしてないから」
清隆が素っ気なくお琴に伝えた。お琴はそう言われ、少し心が軽くなった。
「は、はい!ありがとうございます……」
……てすが、そっぽを向いて、耳だけまだ真っ赤な様子を見せられては、まだ気になっちゃいます……と思いながら、お琴は清隆を見ていた。