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おてんば娘と一寸郷士(ごうし)  作者: 宮羽つむり
おてんば娘と椿屋敷
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旅の目的

「おや、お琴。残念そうな顔をしてどうしたんだい?あ、卯木もいたんだね」

一の間には着替え終わった右忠が胡座をかいていた。右忠はいつもの下ろした髪型に戻り、清隆から借りた浅葱色の素襖をうちかけ素襖に着崩し、その上に先ほど着ていた小袖を羽織っている。右忠様の女装をもう少しおしゃれの参考に見たかったのに……とお琴は残念に思った。

「清隆なら、もうじき来るから待っていなよ」

右忠は2人が持っている風呂敷は清隆の旅支度のものだと察したようだ。

「では、お琴。着替えの風呂敷も持って、この部屋で待たせてもらいなさい」

卯木は持っていた風呂敷をお琴に預けると、そのまま土間へ向かい始める。夕食作りの準備をする為だろう。お琴も本当は手伝わなければいけないのだが、明日の旅について清隆に尋ねなければいけない。

「……私も後から手伝いに参ります!」

お琴は卯木の背に向かって声を掛けた。すると卯木は立ち止まって、お琴の方を向き、

「ありがとうございます。ですが、明日の旅に専念しなさい」

と言うと、そのまま土間へ行ってしまった。

「じゃあ、お琴。中で座って一緒に待とうか」

右忠は無邪気に笑いかける。

「……では、失礼します」

お琴は自分の右横に清隆の旅支度を置き、右忠と向かい合った。お琴は右忠様と何を話せばいいのだろう……と思いながら、ちらっと右忠を見る。

「お琴は明日の旅について何か不安なことはあるかい?」

右忠がお琴に話を振ってきた。しかもちょうどお琴が知りたかったことだったので、お琴は目を輝かせる。

「どんな場所に行くのか知りたいです!」

「あ、清隆から聞いていないのかい。いいよ、教えるよ」

「明日行く場所は女子の足でも半日あれば行ける村・御厨村(みくりむら)。大きい神社があり、その神社の神主と郷士が村を治めているという、少し独特な治め方をしている村なんだ」

右忠は口角を上げる。お琴はそんな村がこの国にはあるんだ。どんな村なのか見てみたいと好奇心が疼いた。そして、お琴はうーん、……清隆様の仕事内容もお聞きすることはできないかなぁ……と右忠の顔色を窺う。

「……ん?その顔は清隆の仕事内容も知りたいという顔だね。でも自分からは教えないよ。だって自分は清隆に仕事を言いつけたのであって、お琴には頼んでいないからね。清隆がお琴に旅の同行を頼んだのだから、お琴は清隆から聞くべきだよ」

お琴の考えは右忠に簡単に見透かされてしまった。お琴はそんなに顔に出ているのかしら!?と、慌てて両頬を押さえて、考えが読み取れないように試みた。すると、

「すみません、お待たせしてしまって……」

清隆が一の間へ戻ってきた。

「あ、お琴もいたのだね」

「今、お琴には御厨村に行くという話はしたからさ。本人は清隆が御厨村に行く目的も知りたいみたいだよ」

右忠は清隆に含みを込めて笑いかけた。お琴はチラリと清隆を見る。清隆はお琴と目が合うと、優しく微笑んだ。

「……友には話さないといけないな」

その清隆の言葉を聞いた右忠は「ブフッ」と笑い出したが、口を手で押さえて笑いを我慢する。右忠の反応に対して、清隆はばつの悪い表情を浮かべる。お琴は2人の反応の意味が全く分からなかった。

「では、早速話そう。……明日行く村、御厨村は大きい神社があり、そこの神主と郷士が村を治めているんだ」

清隆はお琴の目をまっすぐ見つめる。

「それは自分が話した」

右忠が自分のところを指で指す。

「そうでしたか。ありがとうございます。……平和な村なのだが、御厨村の郷士が亡くなってしまって……。その跡目は誰にするかということで、郷士の息子達、年子の兄弟が争いを始めてしまった。そんな最中、突然弟がいなくなってしまったのだ。そして、弟がいなくなったので、兄が郷士になったのだが、郷士になった経緯に不可解な点があるので、村の者の中には兄に対して不信感を持つ者も少なくない。……もしかしたら、兄が弟を殺してしまったのではないかという思いが広がっていて、今、御厨村はあまり統制がとれていない状況なのだ。兄が弟を殺したのではないかという投書が目安箱の中にあり、今の村の様子の確認を含めて、その投書が真実かどうか調べに行くのだ」

清隆は話をし終えると、ふぅと深呼吸した。お琴は物騒な話を聞いた……と思い、全身に恐怖が広がった。

「お琴。私達は正確には弟が死んだのかどうか調べるのだ。村人は兄が弟を殺したのではないかと疑っているが、それは1つの可能性でしかない。私達は多角的に弟がいなくなった真実を調べるのだ」

清隆の言葉を聞いて、お琴は一瞬で恐怖が体から抜けていった。もしかしたら、村人が噂している話が真実という可能性もあるけれど、……だけど、清隆様と一緒なら大丈夫だと清隆の言葉を聞いて、お琴は直感した。そんな2人の様子を右忠は微笑ましく見守っている。

「お琴。明日は朝早い。奉公に来る時間に出発するので、自分の荷物は屋敷に置いたまま、今日は家に帰りなさい」

清隆はお琴に伝えると、

「では、卯木にもそう伝えてくる」

と言って、一の間を出ていってしまった。

「明日の朝は早い。今日は早く帰ってゆっくり休んで。いいかい?」

右忠は立ち上がった。

「はい。……右忠様はどちらへ?」

「うん、明日早いから自分もそろそろ帰るね。じゃあ、また明日」

右忠はにっこり笑い、そのまま一の間を出ていこうとする。

「あ、お見送りします」

お琴は慌てて右忠の後を付いていこうと立ち上がる。

「いい、いい。勝手知ったる屋敷だから。ありがとう」

右忠はお琴の肩を押さえ、お琴を座らせると、そのまま一の間を出ていってしまった。お琴はそう言われても……。せめて縁側から右忠様を見送ろうと思い、一の間を出て、縁側から右忠の姿を見ようと少し背伸びをする。

「あ、右忠様……」

お琴は玄関から出た右忠を見つけ、頭を下げる。

明日はいよいよ旅に出るんだ……とお琴は思ったら、胸がドキドキしてきた。だけど、清隆様と一緒なら大丈夫。この直感を信じようとお琴は思った。

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