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おてんば娘と一寸郷士(ごうし)  作者: 宮羽つむり
おてんば娘と椿屋敷
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清隆の旅支度

「ただ今、帰った」

椿屋敷の玄関前に清隆が立っている。右横には右忠、そして後ろには風呂敷を抱えたお琴がいた。3人の耳に、玄関に向かってくる足音が聞こえてきた。

「おかえりなさいませ。無事に了承を得ることはできましたか?」

卯木が慌てた様子で玄関前に来た。

「ああ。急で申し訳ないのだが、明日出立することになった」

清隆は草履を脱いで、中へ上がる。右忠もそれに続いた。右忠は上に上がり正座をして、小袖が玄関の床につかないように左手で押さえながら、脱いだ草履を揃えている。まだ右忠は女の振りを続けているようである。

「まぁ……。では、お忙しいですね。私も清隆様の旅支度をしなければなりませんね。お琴、帰ってきて早々で悪いのですが、旅の準備の手伝いをお願いできますか?」

卯木は玄関の隅で草履を脱いでいるお琴を見る。

「は、はい。承知しました」

お琴は上へ上がり、卯木の横に並ぶ。

「……清隆。申し訳ないのだが、着替えをさせてくれないかい?流石に化粧を取りたい……」

右忠が右手で頬を掻きながら、隣にいる清隆を見る。

「あぁ、そうですね。では、一の間で着替えをお願いします。私の着替えをお使い下さい」

清隆は右忠を一の間へ案内した。

「あら。では化粧を落とす米糠もお持ちしなくては。お琴、先に奥の間へ行ってください」

卯木は米糠を取りに、土間へ行ってしまった。お琴は卯木から言われた通りに、一足先に奥の間へと向かった。


お琴は静かに奥の間の襖を開ける。段々夕日が山に沈んでいるため、奥の間は静かな上に、薄暗くなっていた。少し怖い……とお琴は思いながら、奥の間の中に入る。

「……明日に出発だと仰っていたけれど、詳しい旅の事情はまだ私、聞いていなかったわ……」

お琴は奥の間の中に入ってから、重要なことに気がついた。まぁ、出発前までには教えて貰えるでしょうとお琴はあまり気にしないことに決めた。

「お琴、お待たせしました」

卯木がお琴の後ろにある襖を開けて、部屋の中に入ってきた。お琴は振り返って卯木を見ると、スッと立ち上がった。

「では、早速準備を始めましょう。お琴、何がどこにあるか教えるので、あなたは私が言ったことをいつもの様に覚えなさい」

卯木は自分のすぐ右にある大きな箪笥の1番上から風呂敷を2枚出した。

「この箪笥の1番上には仕事で使う物が置いてあります」

「この箪笥の1番上は仕事で使い物が置いてある、この箪笥の1番上は仕事で使い物が置いてある、この箪笥の1番上は仕事で使い物が置いてある……」

お琴は卯木に言われてすぐに、目を閉じて復唱する。卯木はこれがお琴の覚え方だと承知しているので、復唱が終わるまで何も喋らずに待っている。

「旅に必要な物は、着替えと手形、あと筆筒と紙ですね」

卯木は手形と筆筒と紙の束を1番上の引き出しから取り出す。

「なぜ、筆筒と紙が必要なのですか?」

「行った村の様子を記す為に持っていくのです。口頭だけでなく、文章での報告もしなければいけないのです」

「そうなんですね。……旅に必要な物は着替え、手形、筆筒、紙。旅に必要な物は着替え、手形、筆筒、紙。旅に必要な物は着替え、手形、筆筒、紙……」

お琴は一所懸命、また復唱する。

「……これで覚えました!」

「あなたが次期榛名家を支える者になるので、しっかり覚えてください」

「……え?私が?」

お琴はなぜ、卯木様はそう思うのだろうか?と不思議に思い、きょとんとする。そんなお琴の様子を見て、卯木は「ふぅ……」と軽くため息を吐いた。

「当たり前です。あなたは清隆様が1番信頼する女子(おなご)なのですから、清隆様だけでなく、私や真成も頼りにしているのですよ。……いずれは清隆様と共に榛名家を盛り上げていく存在ですからね」

含み笑いをしながら卯木は、短い筒袖の小袖と袴、肌小袖、そして小人時に着る小袖と肌小袖を全て2枚ずつ風呂敷の上に乗せ、風呂敷の両端を重ねた後、真結びした。そして、筆筒と紙の束をもう1枚の風呂敷の上に乗せ、清隆が背負えるように細長く包んだ。お琴は自分は椿屋敷の皆から信頼されていると言われ、嬉しくなった。しかし、最後の言葉の意味が分からず、首を傾げた。卯木はお琴の反応を見て、深くため息を吐いた。

「まだ2人はそんなに仲良くはなっていないから、その反応でも仕方ないですね……。……私は正直、夫婦(めおと)となる前に2人での旅行はあまりよろしくないと思っています。しかし、この旅は任務遂行が第1の目的ですが、お琴を同行者としたということは2人の絆作りも兼ねた旅だと思うので、旅から帰ってきた時には、私が先ほど言った言葉の意味も分かるでしょう」

卯木はすっと立ち上がった。お琴は「夫婦」という言葉を聞いて、驚いて固まってしまった。そんなことは清隆様から一切聞いていないので、卯木の勘違いだと言いたいが、卯木の喜んでいる姿を見ると、お琴は言いづらくなってしまう。ただ一言、「友になっただけ」と言えばいいのだが、卯木をがっかりさせたくない気持ちからだけで言えないのではなく、清隆に対する別の気持ちのせいで言えないことにお琴はまだ気づくことができなかった。

「お琴。清隆様には行き帰りは同じものを着てもらいます。村に着いたら、洗濯をして着回しするようにしてください。……とりあえず風呂敷を持って、清隆様達の様子を見にいきましょう」

卯木は着替えを包んだ風呂敷を持って立ち上がる。お琴は筆筒と紙の束を包んだ風呂敷を持って立ち上がりながら、なぜ私は卯木様の言葉に反論しなかったのだろう……と自問していた。

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