旅支度
「清隆様、先ほどは助けて下さり、ありがとうございました」
清隆と密着したまま、自分の部屋に入ったお琴は、顔を上へ上げる。
「友として当然のことをしたまでだ」
お琴からのお礼を聞いた清隆は、そっぽを向いたままだ。清隆の耳が真っ赤になっていることに、お琴は気がついていない。お琴は友だから、親身が故のこの密着なのかな……?と思った。涙は引っ込んだので大丈夫なのだが、今度はお琴の中に清隆と密着している恥ずかしさが込み上げてきた。清隆は別のところに意識を持っていっているようで、お琴の様子に気がついていない。
「き、清隆様。そ、そろそろ離して下さい……。旅支度をしたいので……」
「す、すまない!」
お琴の声に意識を戻した清隆は、慌ててお琴から離れた。
「……とりあえず4日分の着替えを用意して貰いたい」
清隆はお琴に背を向け、部屋の障子に向かって、静かに正座した。お琴はどうしてこっちを向かないのだろう……と思ったが、下に着るものとか見られなくて助かったと安堵した。友だからとはいえ、見て恥ずかしいものはお互いにあるものね……と、お琴は清隆の行動を理解した。お琴と清隆は互いに背を向け、無言でいる。
「……」
「……」
「……」
「……」
き、清隆様はつまらなくないかしら……?とお琴はふと不安になった。静かな雰囲気にお琴は耐えられず、清隆に話しかけることにした。お琴はとりあえず、清隆の秘密について聞いた時に持った疑問について尋ねることにした。
「そ、そういえば清隆様は私に秘密を教えて下さった時、半日ごとに……と仰っていましたが、大体決まっているんですか?」
お琴は清隆が半日ごとに姿を変えると言っていたことを思い出し、思いついた質問をそのまま清隆にぶつけた。一応小人とかの単語は伏せた方がいいとお琴は思ったので、変な質問になったが、清隆はお琴の質問の意味を理解したようで、背を向けたまま頷いた。
「あぁ、決まっている。私は大体午の刻から亥の刻までの間は大きいままで、子の刻から巳の刻までの間は小さくなるのだ」
清隆は振り向かなかった。しかし、良かった、答えてくれたとお琴は安心した。あまり小袖は持っていないので、道中の川で洗濯すればいいと判断したお琴は小袖と白衣を1枚ずつ風呂敷の上に乗せ、風呂敷で包んだ。
「清隆様、お待たせしました。旅支度できました」
「ああいう時は我慢しなくて良いと思うぞ」
清隆は突然お琴の方を振り向いた。お琴は何のことだろう?と思ったが、先ほどのお初の言葉のことだと気づいた。
「私はいつでもどんな時もお琴を助けるから、安心して自分の言いたいことを言って良いぞ。言いたいことをはっきり言うのがお琴らしいからな。小人時の私に言っているようにな」
清隆は含みのある笑いをする。お琴はお礼を言おうと思っていたが、最後の一言が余計だと思った。
「……!もうっ、清隆様!」
お琴は少し頬を膨らませて対抗する。何だか小人の時の清隆様と話をしているみたいとお琴は思った。そう思ったら、何だかおかしくなってきた。清隆もそう思ったようで、目が合った2人は「プッ」と吹き出して、笑い出した。
「あのぅ、入ってもよろしいかしら?」
妙にしなっとした仕草で障子を開け、右忠が部屋の中に入ってきた。お琴と清隆は笑うのを止めて、右忠の方へ顔を向ける。
「お琴、ごめんなさいね。部屋が分からず、片っ端から開けちゃったわ。あとでご家族に謝っといて」
右忠はお琴に向かって、にっこり笑う。お琴は右忠の美しい笑顔に面食らい、小さく頷くことしかできなかった。
「それよりも」
右忠は清隆の方へ視線を移す。
「びっくりしたわよぉ、清隆。助け方が大胆だったわねぇ」
右忠はニンマリと笑う口を右手で押さえながら、清隆に顔を近づける。清隆は一瞬だけ、しかめっ面をした。
「あれは友を守るための助け方だったのかしら?」
右忠は更に清隆に顔を近づける。清隆は正座したまま、1歩後ろに下がった。お琴はどうしていいのか分からず、2人をただ見つめている。しかし清隆は平然とした表情のまま、静かに深呼吸をして、
「……それは右京様の判断に任せます。お琴、旅支度が済んだら、風呂敷を持って屋敷へ戻るぞ」
すっと立ち上がった。
「は、はい!」
まるで何事もなかったかのように振る舞う清隆に驚きながらも、お琴は慌てて立ち上がる。
「もうっ!逃げるなんてずるいわっ!」
右京は口を尖らせ、清隆の後に続く。お琴は清隆の答えを聞いて、やっぱり友として助けてくれたのだわと思った。しかし、そう思ったら、何だか胸がズンと重くなった気がした。




